『男の夢と野望と、グリフィンドールの禁忌』
「ねえ、カードゲームやらないかい?」
そう、全ての始まりはこのロナルド・ウィーズリーの軽い調子の一言でした。双子の兄達によく似た、くだけた感じを漂わせたロンのお目当ては、ハーマイオニー・グレンジャー。
グリフィンドールが誇る才媛、グリフィンドール寮取得得点への貢献度ナンバーワンな彼女は、数占いの古書を睨みながら、羊皮紙に何かを(少なくともロンには全く理解できなかった)書き連ねている真っ最中。集中を断ち切られて、彼女は不機嫌に眉をひそめがら、自分に声をかけてきた赤髪のノッポをキッと見据えました。
「まさかとは思うけれど、今、私が何をやっているか判っていないのかしら?」
「さあ、少なくともイースター休暇にやるようなことでないことは確かだね」
そう、今はイースター休暇でした。ホグワーツの教育機関としての機能が停止し、ほとんど全ての生徒が親元へと帰る日。冬休みが過ぎてからこっち、この休暇を待ち望む者はとてもとても多い。
それはここグリフィンドール寮とて例外ではなく、いつもは寮生達の楽しげな声で騒々しい談話室だけれど、今はハリーとロンとハーマイオニーの三人だけ。ダーズリー家には帰らないハリーに付き合って、ロンとハーマイオニーは今年もまた、共にホグワーツに残っっていたのでした。
だだっぴろい部屋の端と端、チェスに興じるハリーとロンに奇妙な疎外感を抱かされながらも、ハーマイオニーは学年末の試験を視野に入れて勉学に勤しんでいたのです。
「どうしたら試験が近いのに、そんなにのんびりできるのよ」
どうせ、また試験直前には泣きついて来るのだ、この連中は。色々とおべっかを使い、普段は気にもとめてはくれない装いを仰々しく誉め讃えて、ああ美しく聡明なハーマイオニー様、どうかノートを貸して下さい、と。
ノートだけで結構です、と。(私は?ねえ、私はいいの?)
「はあ……」
ついた溜息は、男達へのものか、それとも結局は甘やかしてしまう自分へのものか。
利用されるだけの存在になりたくはなかった。
自分はいつも自分なりに一生懸命やっているのに、一生懸命にハリーやロンの事を心配しているのに、時々、男二人の間には自分の居場所なんてないような気がした。
それがイヤだった。
「ハリーがチェス弱くて面白くないんだ。だからポーカーでもしようかってことになって。でも二人でポーカーなんてナンセンスだから。君も息抜きにさ、どう?」
何が楽しいのかニコニコして言う、ロン。
自分の笑顔がチャーミングだとでも思っているのかしら、だとしたらお気の毒ね。
そんなヒドイ事を思う、ハーマイオニー。
「三人というのもまだ面白くないんじゃないの?二人でチェスでもしていればいいじゃない」
言ってから、これじゃあまるで私がいじけているみたいじゃない、と思う彼女。
「ああ、ハーマイオニー、判ってないなあ。率直に言って、ただ君と遊びたいんだよ、僕達は。だからポーカーで妥協するのさ」
「え?私と?」
びっくりする彼女。
だって、誘ってもらった事なんて今までなかったから。
いつもいつも自分は親友としても女の子としても見てもらえないんだと、そう思っていたから。
「うん、君と」
真直ぐにハーマイオニーを見つめて言うロン。
そこまで言われたら彼女とて悪い気はしない。
ハリーの方に視線を向けると、彼も微笑みながら自分を手招きしている。
奇妙な疎外感につまらない気分だったけれど、強がってそれをおくびにも出さないで勉強していたハーマイオニーは、ただ嬉しかった。
彼らが自分の事を気にかけてくれたのだから。
仲間に入れてもらえた事を手放しで喜べる程子供ではなかったけれど、でも胸が温かくなったのは事実だったから。
嬉しかった、本当に。
しかし、彼女はちょっぴり意地っ張りだから、仏頂面は崩さずにさも嫌々ながらであるかのように、偉そうに言ってしまう。素直に喜んで見せれば良いのに、そういうところで損をしてしまう少女である。
はっきり言って、可愛い気がない。
でも、それこそが彼女をしてハーマイオニー・グレンジャーたる所以であった。
「仕方ないわねえ、いいわよ」
でも内心では、全然仕方なくなんかなかった。
彼女はその態度とは裏腹に既にやる気まんまんだった。
ああ、まさにこの時、悪魔と第一条の契約を交わしてしまった事をまだ彼女は知る由もなかった。
「そうこなくっちゃ」
そうして、ゲームは始められる事になった。
ゲームの体裁をした恐ろしい陰謀が始められる事になったのを彼女は知らなかった。
彼女は怪しむべきだったのだ。
何故、彼らが彼女と遊びたかったのかを。
何故、微笑みを浮かべたハリーの眼鏡の奥の目は邪悪に光っていたのかを。
だが不幸なことに、それに彼女が気付く事はなかった。
『男の夢と野望と、グリフィンドールの禁忌』
「じゃあ、僕がディーラーを……」
そう言ってトランプカードの束に伸ばしたロンの手を、パチンと叩いて彼女は言った。
「ロンは信用できないわ、ハリー、あなたがやって」
ロンの手を払い除けて、ハリーの方へぐいっとカードの束を押しやる。
「え?僕がやるの?」
戸惑っているハリー。だが、眼鏡の奥の目は不敵に笑っていた。彼女はそれに気がつかない。
「だって、あなたならインチキとかできそうにないし。私が参加するからにはフェアな勝負にしてもらいたいわ」
胸を張って偉そうに宣言をするハーマイオニー。ポーカー一つやるのも彼女と一緒では大変である。
「……」
沈黙をまもりながらも、ロンの口元がニヤッと歪んだのを少女は知らない。
「判ったよ、じゃあ僕がやるよ」
純粋無垢な顔つきで、私は無害ですというオーラを撒き散らしながら、ハリーが承知した。羊の皮を被った狼少年の腹黒さに少女は気付かない。
「で、何を賭けるの?」
あくまで無邪気に聞くハーマイオニー。
ハリーとロンがどういう人間だか、彼女はよく知っていたつもりだったから。
きっと何か賭けるに違いない、そう思った。
「……」
「……」
だが、意外な事に二人は沈黙を貫いた。
ハリーは無表情のままカードをシャッフルし始め、ロンは心底意外そうな顔つきで彼女を見つめる。
ハーマイオニーは自分を恥じた。
ああ、この二人が賭けポーカーをやるはずがないではないか。
健全なポーカーをやるに決まっているではないか。
そんな事を言い出した自分がとてつもなく、くだらない低俗な人間に思えた。だから、彼女は引き下がった。それ以上、何も聞く事はなかった。
ハリーの長い指がカードをシャッフルする様を見て、ああやっぱりハリーの指ってきれいだよね、などと思っているその時にはもう、どっぷりと陰謀の罠の中にはまっていたのだ。
「もちろん、魔法は禁止だ」
「OK」
当然すぎる注意に、彼女は律儀にも答えた。
私がズルするとでも?失礼しちゃうわね。
「はい、配りました」
ぎこちない手つきで配られた五枚のカード。双子仕込みのインチキをしそうなロンに比べて、ハリーは明らかにそういう事に慣れてないように見えた。だが、あくまでそう見えただけだったのを少女は知らない。
配られた五枚を見て、ハーマイオニーは必死にポーカーフェイスを装った。ジャックが三枚に、ハートの9、ダイヤの2である。スリーカードだ。カードの中のジャック達が互いに肩を組み合い、ニヤニヤしあう。互いに槍を掲げ、勝利を祈願しているがその様子には余裕が感じられた。彼らも、まず勝てると思っているようだった。彼女は何食わぬ顔をして、9と2を交換した。代わりに来たのはスペードのキングとダイヤの4。
その時、ロンが口を開いた。
「あ、そう言えば、これ、勝負を下りるのはナシだから。札を換えられるのはもちろん一度だけだけどね」
「え?」
勝負を下りちゃいけないの?そんなポーカーがあるだろうか?
ハーマイオニーは知らなかったが、ハリーがあまりにも平然としているのを見て、まあ、納得することにした。どうせ健全な遊びとしてのポーカーだ。賭けるものもなく、ちょっと物足りないものを感じていたから、そのぐらいは了承しよう。
「OK」
ああ、それが悪魔との契約第二条だったのだ。
彼女は何も知らずにそれに簡単に同意してしまった。
「じゃあ勝負!」
そう言って、ロンが出したのはエースのワンペア。
それで本気で勝てると思っているの?ハーマイオニーは冷笑を浮かべながら、手札を明かした。
「スリーカード」
ジャックのスリーカードを得意気に晒す。ロンががくっと肩を落とした。
「僕はツーペア」
ハリーが出したのは6とクイーンのツーペアである。ハートのクイーンとクラブのクイーンはずいぶん仲が悪いらしかった。互いの髪を引っ張り合って、喧嘩をしている。
役としては少し心許ないがなかなか無難なところと言えた。下りられない勝負だから、まあその程度でも充分と見るべきだろう。ハーマイオニーがハリーの顔をうかがっても、そこから彼の考えを知ることはできなかった。
「あーあ、負けちゃったよ」
あまりにわざとらしい声に彼女はロンの方を振り向いて、そして戦慄した。
ロンが上のセーターを脱いでいた。
「ちょ、ちょっと、何してるのよ」
慌てたハーマイオニーの声に、ロンはニヤリと悪魔的な笑みを浮かべて言った。
「負けたから脱ぐんだよ、当然でしょう」
「なっ」
はめられた!
ストリップだったなんて!
慌ててハリーの方に視線を向けると、我らがハリー・ポッターはそっぽをむいて、もうカードをシャッフルしていた。ハーマイオニーと視線を合わせようとしていないのは明らかだった。
「そんなの、私、聞いてない!」
怒りも露わに叫ぶ彼女に、ロンは飄々と答えた。
「そりゃあ、質問されなかったしね」
確かに質問はしなかった。しなかったけど……。
女の子が、ストリップ・ポーカーかどうか、だなんて聞けるはずがないではないか!
「騙したのね!私―」
「―やめる、だなんて言わないよね。まさか、臆病風に吹かれたわけでもあるまいし。だって、君が勝てば問題ないじゃん?それとも、逃げるの?」
思いっきり挑発的な口調で言う、ロン。
なんて憎たらしいのだろう。
「まさか、勇気を尊ぶグリフィンドール生が勝負から逃げるだなんていわないよねえ、冗談でもそんな事は言わないよねえ」
グリフィンドールの信条を掲げて脅迫するその姿は、まさにスリザリン的である事にロンは気付いているのだろうか。
「ぐっ」
ハーマイオニーは基本的に負けず嫌いである。
どのくらい負けず嫌いであるかというと、とにかくとても負けず嫌いなのである。敵に背を向けるぐらいなら死んだほうがいい。
「ハリー……」
友軍(だと彼女は思っている)のハリーの方を見る。
ハリーはまだそっぽを向いたまま、シャツの首すじの所をおそらくは無意識にパタパタやって風を送っていた。
なんて主人公なのだろう!ヒロインのピンチなのに!こんな奴が主人公でいいはずがない!
だが……、ハーマイオニーは怒る事なくハリーを見つめていた。いや、正確に言うと、ハリーがシャツをパタパタとやる事で覗く喉から胸までの肌に目は釘付けだった。
いつのまにか男らしく成長していたそこは、骨と筋肉が絶妙なバランスで組み合わさって男のホルモンを醸し出し、痩躯でありながらも勇ましく力強そうな印象を与えていたのだ。
ハリーったら、けっこう逞しいじゃない。ああ、あそこに飛び込んで猫みたいにスリスリできたなら……。
涎がこぼれそうになるのをなんとか堪えながら、ハーマイオニーはきっぱりとはっきりと宣言した。
「ふっ、さあ、どんどんやりましょうか!」
ハーマイオニーにはもはや勝利しか見えていなかったのである。
「へ?」
拍子抜けした様子のロン。だが、せっかく獲物の方からやる気になってくれたのだ。彼に不服はない。
「はい、配ったよ」
ハーマイオニーとロンがやりあっている間、何も言わずにずっとカードをシャッフルしていた男、ハリー・ポッター。
実はかなりの凄腕ディーラーである。
奴の恐ろしさは一見してド素人なところにある。特になまじハリーの惨めな幼少期を知るハーマイオニーなどは特にひっかかりやすい。カードゲームさえもまともにやらせてもらえなかったのだろうという同情の色眼鏡で見てしまうからだ。
それは半分は当たっていると言えた。
ダーズリー家が一家でカードゲームを楽しむ時、ハリーの役割と言えば、ただカードを配るだけ。決してゲームには混ぜてもらえなかった。
だから、少年はカードを配る事を楽しむことにした。
バーノンの分にはこのカードを混ぜてやれ、ダドリーの分にはあのカードを……。
そうして、気が付けば、ハリーは完全にカードの支配者となっていたのだ。
『不世出のカードマスター』、数多いハリー・ポッターの異名の中でもこれを知るものはグリフィンドール男子寮においても少なかった。
故に、ハーマイオニーが彼をディーラーにしてしまったのは仕方ない。
だが、もちろんロンは知っていた。
今の最初のゲームの手札が完全に仕組まれていたことも。わざとハーマイオニーに勝たせてあげたのだ。ハーマイオニーに希望を抱かせておきながら、その実、完全にハリーがゲームを支配している。
よく考えてみれば恐ろしい構図である。
ハリーがディーラーである限り、男性連合軍の辞書に敗北の二文字は存在しえなかった。
「私はワンペアよ」
自信がなさそうな声で、ハーマイオニーが手札を明かした。8のワンペア。まず、勝てない。
しかし、なにしろこのポーカーの恐ろしいところは、絶対に勝負から下りられないという点にある。どんなに役がしょぼくても強制参加である。
脱ぎたくないから、ひたすら勝負を下りるという選択ができないのだ。
今、ハーマイオニーはこれ以上ないというぐらい見事に罠にかかっていた。
「僕はツーペア」
「ごめん、ハーマイオニー。僕もだ」
なにがごめんだ、ハリー・ポッター。無実な顔をしたハリーはなにやら紳士ぶっているようだが、その本性は明らかに鬼畜である。
最低な野郎である。天使の顔した悪魔である。
ロンは悟っていた。
こいつのあくどさには到底及ばない!
「くっ」
屈辱に顔を赤らめながら、ハーマイオニーは靴下を脱いだ。一番ダメージが少ないものを選んだらしい。
無駄な抵抗だと、ロンは思った。どうせ、負けるんだから。
一方、ハーマイオニーはちゃんと計算していた。ブラとショーツまであと三枚。つまり、四敗してはならない(四敗目はどちらかを脱ぐ時だ!)わけだが、見たところ、ハリーもロンも四枚でパンツまで到達するはずである。
談話室で過ごすからといって薄着だったのは失敗だったが、まだまだ挽回のチャンスはあるはずだ。
ああ、実際はそんな可能性は皆無であることを、哀れにも少女は知らなかったのである。
「一人勝ちの時はどうするの?」
そう、勝負から下りることができる場合、役なしという事態は絶対に生じないため、大抵は勝負に決着がつくが、今回は違う。二人以上が役なしのまま勝負に挑むという可能性が出てくる。
三人とも役なしなら引き分けだが……。
「勝者が脱ぐ人を指名できる」
裸足になったハーマイオニーを見てニヤニヤしながらロンが言った。ロンが一人勝ちした時は確実に彼女を指名するだろう。ハリーもそうするだろう。
これでますます彼女は不利である。
完全に2対1である。
だが、彼女は悲観してはいなかった。
絶対にハリーは私を助けてくれるもの!
トロールに襲われた時だって!バジリスクに石にされた時だって!彼はいつだって私を救ってくれたもの!
哀れにも彼女は彼を信じていたのである。
「ツーペア」「ワンペア」「役なし」、次の勝負はハーマイオニーの勝ち。勝利を祝して、ペアとなったクラブのキングとスペードのキングが握手を交わしている。もう一つのペアは7だった。
ハリーがYシャツを脱いだ。
ハーマイオニーはドキドキした。
もちろん、ハリーは自ら負けたのである。たて続けに彼女が負けたのでは怪しまれてしまうからというただそれだけの理由で。
そんな事などつゆ知らず、ハーマイオニーはハリーのアンダーシャツ姿をちらちらと盗み見ては、顔を赤らめていた。
何故、彼女が顔を赤らめるのかは乙女の秘密である。
「ワンペア」「ストレート」「スリーカード」、ハーマイオニーの負けである。
まずい!このペースでは……。
下唇を噛み締めながら、薄手の白セーターを脱いだ。
ブラウスの下はもうブラである。ロンとハリーがしっかりと胸の膨らみを見ているのが分かる。
スケベな男共である。
どうか下着が透けてませんように、とハーマイオニーは願った。そして屈辱にハーマイオニーは身を震わせる。
くそっ、絶対に負けるもんか!
だが、事態は彼女の気合いでどうにかなるレベルではなかったのだ。事件はハリーの手の中で起こっているのだ。
一番の悲劇は、ハリーを信頼しているが為にハーマイオニーにはハリーのインチキを見破る術がないことだろう。
ああ、いまどき丸眼鏡なんかかけてる奴を信用してはいけなかったのだ。
「フラッシュ」「役なし」「役なし」、ハーマイオニー一人勝ちである。彼女は躊躇せず指名した。
「ハリー!」
薄々明らかになりつつあったが、彼女も十分スケベであった。彼女に覗きならぬ嘆きのマートルの事を非難する資格があるのかどうか、おおいに議論の余地がありそうだった。だが、そんな事を言えば彼女にぶん殴られるのは必至だ。
「彼女のストレートなら世界を狙える」とは某スリザリン生Mの弁である。ハリーの見たところ、少なくともダドリーより強そうだった。それだけでも女性としては十分である。
閑話休題。
「やれやれ、困ったね」
そう言って、とうとう上半身裸になるハリー。彼にとっては、こんなの痛くも痒くもない。だが、ハーマイオニーにとってはもう心臓バクバクものである。
ハリーって着痩せするんだ、本当はけっこう逞しいのね。ああ、もう、どうしましょう……。
何がどうしましょうなのかは、激しく謎である。
だが、ハーマイオニーは、非常に想像力逞しい少女である事は確かである。どのくらい想像力が豊かかと言うと、官能小説(ラベンダーに借りたもの)とか読んで何故か鼻血を流してしまうぐらい想像力豊かである。この事は彼女の最重要機密事項に触れるので知ってしまったものは例外なく、消されてしまう。何が消されるかを聞くのは愚問である。
とにかく、なんとか鼻血が出ないことを祈りつつ、でもハリーの上半身裸から目が離せないハーマイオニーだった。
「役なし」「役なし」「スリーカード」、ハリーの一人勝ちである。
「ハーマイオニー」
恐ろしく冷静なハリーの声は、ハーマイオニーを奈落の底に突き落とすものだった。
裏切った!裏切った!裏切った!
私の気持ちを裏切ったわね!
ひどいよ!グスン。
涙が出ちゃう、だって女の子だもん!
「裏切り者!」
その指摘は恐らくはとっても正しいものだったけれど、惜しむらくは言った彼女自身が一番その言葉の正当性に気付いていない事だった。
「だって、先にハーマイオニーは僕を指名したじゃない」
悪の権化ハリーはしれっとしてそんな事をのたまった。最初から最後まで自分がゲームの展開を仕組んでいる事など微塵も感じさせない。まさに悪魔である。天使のような笑みを浮かべている頭部の下につながる胴体部、特に腹部はインクを塗りたくったように真っ黒なはずである。
「それに僕、ハーマイオニーの脱ぐところが見たいんだ」
ああ、なんて欲望に素直な少年なのだろう。うむ、正直でよろしい。
ハーマイオニーは恥ずかしさのあまり泣きそうになった。
ひどいよ!ひどすぎるよ!このスケベ眼鏡!
まだここにはロンがいるじゃない!
何故にロンがいてはいけないのかは少女の秘密だ。
彼女の他に知るものはなし。
「くっ!」
思い切って、ブラウスを脱ぐ。ジーンズの上はもうブラしかない。一見、水着のように見えなくもない。だが、決してビキニではないということを艶めかしいレースが物語っていた。
彼女のブラはさり気なくセクシーだったのだ。どのくらいセクシーだったかと言うと、ハリーとロンが思わず、手をニギニギしてしまうくらいセクシーだった。
要するに、勝負だ!このやろう!という感じなのだ。
「なんだよ、Aか……」
何がAなのかは不明ですが、成績の事を言ったのではない事は明白でした。
その齢にしてサイズを一目で見破るロンは只者ではなかった。伊達に王様(ウィーズリーは王様だ♪)をやっていないのである。だが、残念そうな台詞とは裏腹にとっても嬉しそうな表情であった。
ハリーも残念そうに首を縦に振り同意しているものの、丸眼鏡の奥で何を考えているのかは不明である。
「わ、悪かったわね……」
消え入りそうな声で言い返すハーマイオニー。
ちょっと小さいかもしれないけど仕方ないじゃない!
き、気にしてるのに……。
恥ずかしさと屈辱感で、もう半泣きだった。顔だけじゃなく上半身を丸ごと赤くしている。
まだ発育途中なんだから!大きくするもん(いざとなったら魔法ででも……)!
何を大きくしようと少女が企んでいるかはまったくの謎に包まれている。
その時、ついにハリー・ポッターが口を開いた。
そう、ハーマイオニーがピンチに陥った時にいつだって助けを差し伸べるのが彼であった。
「いや、とっても可愛いと思うよ」
「え?」
え?とか言いながらも、途端に嬉しそうな顔になる彼女。こういうところは単純である。だが、冷静になってみれば、非常におかしいことに気が付いただろう。
今、彼女はブラにジーンズという非常に前衛的なファッションを余儀なくされている。どのくらい前衛的かと言うと、厳格で鳴らすマクゴナガル教授が見たら卒倒しそうなほど前衛的である。
しかもAである!
くどいようだが、成績ではない。それをもってして、可愛いとは何事か。
「大きさなんて問題じゃない。君はとっても可愛いから安心していいよ」
何の大きさが問題にならないのかは不明である。根拠は非常に薄弱であるが、どうやらハリーにとっては可愛いらしいから、少女にとっては幸いであった。
「ハリー……」
少女が感動しきっている横で、ロンは思った。
女を騙すのってこんなに簡単なのか?
ハーマイオニーが単純なだけなのか?
ロンには分からなかった。
今のハリーの発言のどこにハーマイオニーが感激したのか分からなかった。
「ツーペア」「フルハウス」「ストレート」ハーマイオニーの負けである。彼女の手が怒りに震えていた。
「ちょっと、ロン!どうしてあなたは負けないのよ!なんかインチキしてるでしょ!このインチキ野郎!」
凄まじい勢いで赤毛の少年を罵倒する少女。彼女は知らなかった。インチキしてるのは、あんたの白馬の王子さまだよ。
「なんであなただけ一枚しか脱いでないのよ!しかもそれって最初のだけじゃない!絶対ズルしてんじゃねえのかよ!ああ!?」
そりゃあ、ズルしてますがね、ハリーが。
ハーマイオニーのブチキレ方があまりに凄まじいので、ロンはもう少しで本当のところを言ってしまうところだった。
ハーマイオニーのキレ方は例えるなら、そっちから肩をぶつけてきたくせに猛烈に痛がってメチャクチャ凄味ながら治療代を請求してくるその筋の人のキレ方であった。とにかく、あまりに理不尽であった。
「僕は、ズルなんかしてないよ」
怒ってるハーマイオニーも可愛いよね、と思いながらロンは答えた。なにせ相手は、ブラだけである。全然、恐くない。むしろ、顔を真っ赤にして迫ってくる姿に興奮である。だって、男の子だもん!
「うん、ロンはズルしてないよね。単に運がいいだけだよ」
そりゃあ、あんたならそう言うだろうな、ハリー・ポッター。
犯人はあんただよ。
「でも、でも……」
ハーマイオニーは口籠もった。当たり前。認めたら、ジーンズを脱がなければならない。つまり、リーチである。下着姿で背水の陣である。
恥ずかしくて死にたい。
「ハーマイオニー」
容赦ないハリーの声。その声には全く温かみがない。完全に鬼畜である。
「ひくっ、ひくっ。許してよ、もう……」
残酷なにやにや笑いを浮かべる二人に、ハーマイオニーはたまらず泣きだした。嘘泣きである。
しかし、彼女は甘かった。ハリーにこの手は効かなかった。女の涙には職業柄慣れていたのだ(!)。
「ハーマイオニー、脱ぐんだ」
きっぱりはっきりと告げたのはハリー。ハーマイオニーは絶望した。どのくらい絶望したかと言うと、愛しのギルデロイ・ロックハートが記憶をなくしホグワーツを去った時ぐらい絶望した。
ああ、駄目だ。もう駄目なんだ。
ハーマイオニーは観念した。
「おお……」
洩らした声はロン。
すらりと伸びたカモシカのような足は、綺麗である。
恥ずかしさのあまりハーマイオニーは死にたかった。もはや下着だ
けしか身体を覆うものが存在しない。一見、水着のビキニ姿に見えなくも……。ああ、もう、下着姿にしか見えません!
「恥ずかしいよう……」
顔を手で覆うハーマイオニー。
男性諸氏はにたにた笑ってそれを眺めていました。
なんと残酷な。人間として腐ってます。
どれぐらい腐っているかというと、ある初夏の日に卵を食べようとしたら警察に踏み込まれて逮捕され裁判で無実を勝ち取りようやく家に帰りついた時に卵を発見して常温に放置しておいたその卵の発する匂いときたら、というぐらい腐っている。
しかし、男とはそんなものなのだ。
男とは本当どうしようもない生きものだったりするのだ。偉大な偉大なハリー・ポッターとて例外ではなく、人並みにバカでスケベな男だった。
下着姿のハーマイオニーを見て、ぐへへへ、とか言ってやがるのである。
「えぐっ、えぐっ、ヒドイよ、こんなのヒドイよ」
嘘泣きからマジ泣きにかわったハーマイオニー。
美しい瞳から大粒な涙がぼろぼろと出てきて、ぐちゃぐちゃになる。恥ずかしさと屈辱感が臨界点を突破し、爆発してしまったのだ。下着姿で泣きだしてしまった彼女に男達は心動かされ……ずに、ゲーム続行である。
ハーマイオニーは押しつけられた五枚のカードを見た。
てんでバラバラで揃っていない。勝てる見込みは、かなり低い。だが、スペードが三枚である。
ハーマイオニーはフラッシュにかけた。手元に来た二枚はスペードとハート。ペアもない。万事休す。
ハーマイオニーは突っ伏した。もはやポーカーフェイスもくそもない。
だが、いつだって土壇場でなんとかするのが彼女である。突っ伏した拍子に、杖をすぐ手の届く場所に取り寄せた。
ゲームに負けても勝負には勝つんだ!
泣きながらも、下着姿でも、男達に嘗め回すように見られていても、彼女は冷静だったのである。いざとなったら、ヤルつもりだった。何をヤルつもりかは推して知るべし。
「役なし」「ツーペア」「役なし」。場の空気が一変した。尋常ではない殺気が立ちこめた。ロンの一人勝ちである。少女の形相は、もはや猛獣のそれとどっこいどっこいであった。はっきり言って恐すぎである。
ロンは決して少女と目を合わさないようにして、ハリーを見た。その目に非難の色が浮かんでいた。「なんてことを……。僕に言わせるなんて……」その目はそう言っていた。
そう、彼にはここでハーマイオニーを指名する義務があった。
ロンが男であるならば彼女を指名しなければならないのは、もはや宇宙の真理であり説明不要の原理であった。例えるなら、コーラを飲めば必ずゲップをする、というぐらい当然のことであり、その大原理を無視しうるものは、もはや非国民ならぬ非男として、今すぐ性転換手術によって男をやめなければならなかった。
憲法第6743条にそう定められていた。
「ロン、まさかとは思うけれど、私の名前は言わないわよねえ」
ロンは恐かった。
このおなごは本当にあの可愛いハーマイオニーなのだろうか。
尋常ではない殺気を纏い、ものすごいプレッシャーを与えてくるこの子がハーマイオニーでない確率は36.982%だった。だって恐すぎるもの。人間じゃないよ、その眼光の鋭さは。
ロンはハリーを恨んでいた。どのくらい恨んでいたかと言うと、せっかく買ったアイスクリームを食べようとしたら誰かの身体がぶつかってアイスクリームが投身自殺をして「悪いなボーズ、これやるからよ」と言ってぶつかってきたおじさんがエロ本をくれたけどパパとママにはどう説明すればいいの?おじさん恨むよ、というぐらい恨んでいた。
ハリー・ポッターのやり方は明らかに汚かった。ハーマイオニーの憎悪が全てロンに行くように仕向けたのだ。本当は自分が全部仕組んだくせに。
「ロン、早く言えよ」
ハリーにだって一応、言い分らしいものはあった。彼は一応主人公である。
ヒーローは汚れ役とは程遠い存在でなければならないのだ。だから、この場はロンに任せるのだ。
さあ、ロンよ!今こそ男気を発揮するんだ!
「ハ、ハ……」
ロンは今、崖っ淵に立たされていた。
ああ、どうしよう。彼女の名前を言うことは、崖っ淵からのダイブにも似ていた。恐い。恐すぎる。
だが、君の夢は空を飛ぶことだったろう?さあ、今こそ飛ぶ時だ。
そうして、彼は男のロマンを選んだのだった。
その英雄の名はロナルド・ウィーズリー。とても勇敢な魔法使いだった。その事だけは忘れないで下さい。
「は、ハーマイ―」
彼が最後まで言い終えることはなかった。視界一杯に閃光が広がった。
ああ、まぶしいな。
まるで他人事のようにそう思った瞬間、彼の身体は亜光速できりもみながら宙を舞っていた。そのまま談話室の壁に叩きつけられる。裸のハーマイオニーを撮ろうと企んだカメラがローブの中から落ちる。
だが、もう息ができなかった。心臓が停まった。
口内に血の鉄のような味が広がり、彼は自分の魂が己の身体を今まさに離れようとしているのを感じた。だが、ロナルド・ウィーズリーは笑った。笑って死んでいく事にした。何故なら彼は真の漢だったからである。
我が人生に一片の悔いなし。
「アディオス、カウボーイ……」
スペイン語と英語がごちゃまぜの意味不明な台詞を遺し、ロナルド・ウィーズリーはゆっくりと目を閉じた。笑いながら。伸ばした手はカメラの方へ、だが届きはしなかった。
カメラは壊れていなかった。
ハーマイオニーの屈辱の姿を撮ることはできなかったけれど……。だが、カメラマンはそのカメラだけは守りぬいた。
彼は間違いなく英雄だったのである。
よくやった!感動した!
「うえーん、恐かったよう。恐かったの……」
魔法を発動した杖はそのままに、ハリーに飛びつくハーマイオニー。
「……」
下着姿のまま彼女に飛びつかれたハリーは、だが、固まっていた。どちらかというと、怖かったのは彼だった。
なにしろ、目の前で殺人未遂事件が起こったのである。しかも彼には彼女の魔法発動の動作は知覚できなかった。気が付いたら赤毛の親友は吹っ飛ばされていたのである。杖を構えたのも見えなかったし、呪文の詠唱も聞き取れなかった。
その速さ、まさに神速の如し。
次元が違った。
いまさらながら彼は、『決して怒らせてはならないあの人』の恐ろしさを認識していた。彼女の恐ろしさに比べれば、ロード・ヴォルデモートの方がまだ可愛げがあるぐらいであった。
ハーマイオニー・グレンジャー、おそるべし!
「えーん」
下着姿のままハリーの胸で泣き始めるハーマイオニー。ハリーは上半身裸であった。素肌と素肌が触れ合い、温かさが直に伝わってくる。そのエッチい感じにハーマイオニーは頬を赤く染め、満足の吐息を漏らした。
ああん、やっぱり、ハリーは素敵!スリスリしちゃおう!
彼女が下着のまま抱きついて顔をスリスリしているその間、一方のハリー・ポッターはというと、未だ硬直していた。なにしろ、今、彼にしがみついてきている魔女は今まで彼が目にした魔女の中でも最強にして最恐である。可愛い外見に騙されてはいけない。その戦闘力は高すぎて測定不可能である(なにしろハリーには動作が見えなかったから)。
「ああ、ハーマイオニー……。やっと、二人きりになれたね」
だが、彼はホグワーツ一の女たらしだ。例え相手が化け物でも、その化け物が女ならば立ち向かうのだ。それはまさに、ニューヨークにゴーストが現われたならば必ずやゴーストバスターズが立ち上がらなければならないことと同じであった。
女性を見たら口説くのが彼の誇り。彼がグリフィンドールに所属する由縁である。
「ハーマイオニー、顔をあげてよ」
優しく、そう、あくまで優しくハリーは少女に声をかけた。心の中に沸き上がる動揺や恐怖をひた隠しにし、声を震えさせることもなく。まさにプロである。
ハリー・ポッター。彼はまさに一流の遊び人であった。
「ハリー……」
言われるままに顔をあげるハーマイオニー。下着しか装着していないし、端正な容貌に瞳をウルウルさせている。
確かに可愛らしい。とても可愛らしいが……。
ハリーは忘れてはならなかった。
彼女は最強にして最恐の魔女だということを。忘れてはならなかったのだ。
「ハーマイオニー……」
だが、ハリーは我を忘れて、彼女を抱き締めた。一流の遊び人も、この時ばかりは十代のうぶな少年だった。ハーマイオニーの姿に完全に心を奪われていたのである。
ハリーは上半身裸に、やはりジーンズ。杖はジーンズの後ろに挟んでいた。一方、彼女はブラにショーツ。互いに抱き締めた身体はほとんど裸である。
「ううん……」漏らした吐息はどちらのものか。それさえ定かではないほど、二人の顔の距離は近付き……。
ハーマイオニーはそっと目を閉じた。キスを待つように。
ハリーは息をのんだ。ハーマイオニーがとても綺麗に見えたから。
ああ、なんて綺麗なんだろう。
そう思いながら、彼女の唇にキスを降らすように顔を近付けた、その時―――。
ハーマイオニーがいきなり彼を突き飛ばした。思いっきりの力で押され、背中から倒れるハリー。せっかくの雰囲気が台無しになった。どのくらい台無しになったかというと、今まさに結婚式という時に突然、正体不明な男が現れて花嫁と手を取り合って逃げてしまい、ちょっと待てお前、花嫁の母親とも関係を持っていませんでしたか?若いのがいいんですか?というぐらい台無しだった。
「ちょっと、何するん―」言いかけて、彼は止めた。止めざるをえなかったから。ハーマイオニーの手には彼の杖が握られていた。突き飛ばす瞬間、杖だけを掠め取っていたのである。
「ごめんなさい、私、ただ、ハリーを信じたいだけなの」
そう言って、少年にその杖を向ける少女。
「や、やめろ……」
苦しげな声を出す少年。
ハーマイオニーには判っていたのだ。
誰が事件の黒幕なのか。あの赤毛が一人でこんなゲームを考えつくはずもなければ実行に踏み込むだけの勇気もないことを。頭では判っていた。ハリーが仕組んでいたことぐらい。
でも、少年を信じたかったから。この目でその証拠を見るまでは信じたかった
から。だから、少女は唱えた。違うことを祈りながら。
「プライオア・インカンタート!直前呪文!」
そして、杖から飛び出したのは、服従の呪文だった。
「……」
「……」
重苦しい沈黙がその場を支配した。
ああ、なんてことだろう、少女の願いも虚しく、完全にハリーが仕組んだことが明らかになってしまった。
ハリーは服従の呪文でロンを操っていたのだ!
ロンがハーマイオニーに声を掛けた時にはもう、彼は操られていたのだ!
ロンが最初に脱いだ時にはもう、彼は操られていたのだ!
ロンがハーマイオニーを指名した時にはもう、彼は操られていたのだ!
ロンがハーマイオニーにぶっ飛ばされた時にはもう、彼は操られていたのだ!
悲劇の王様ロナルド・ウィーズリー。彼が一番の犠牲者でした。その事だけは忘れないで下さい。
「三回まわって、ワンと言いなさい」
ハーマイオニーがハリーに発した声は恐ろしく冷たかった。
下着姿だからSMの女王様みたいであった。
「ワン」
三回まわって、そんな事を言うハリー・ポッター。
完全に服従されていた。
「信じていたのに……」
少女のつぶらな瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。ハリーの杖を投げ捨て、自分の杖を取る。そして、それをハリーへと向ける。
「ステューピファイ!」
失神呪文をくらい、その場で失神するハリー。上半身裸のままである。
美少年が上半身はだかで倒れている。
ニヤリ。
「……イイ感じ」
それを見てハーマイオニーは残酷な笑みを浮かべた。
これから、何をしてやろうか。
「さてと、この私をこんな目にあわせてくれたからには、たっぷりお仕置きしなくちゃねえ、誰が一番えらいのかを忘れないように、よーく教えてあげなきゃねえ」
そう言って、あたりを見回す彼女。散らばったカードに魔法をかけ、片付ける。この辺り、彼女は律儀である。血液型はA型かもしれない。
「とりあえず、こいつらの記憶を消さなくちゃね。私のこんな姿を見た記憶を―。ん?」
ロンの傍に落ちているカメラを発見した彼女。
頭脳明晰、容姿端麗、リトル・ミス・パーフェクトな彼女は、それが何を目的としたモノかを察する。
「本当に腐ってるわね、こいつら。ひとおもいに殺しちゃおうかしら」
『決して怒らせてはならないあの人』―――ハーマイオニー・グレンジャーは、そんな物騒なことを口にしながらカメラを拾いあげた。
そして、ニヤリと不気味な笑みを浮かべる。
「イイこと思いついちゃった、やっぱ、私って天才かも」
そう言って、もはや虫の息のロンには目もくれず、失神したハリーの傍に屈みこむ。失神したハリーの頬を愛しげになでてから、ハリーのジーンズへと手を伸ばした。その手にはカメラが、しかと握られている。
何する気だ!何する気だ!何する気だ!
「ふふふ、これで彼は……、ぐふふふ」
謎の言葉を彼女が口にした後、ほんの少しの間、衣擦れの音がして。それは明らかにズボンを脱がす音で。
それから―――。
パシャ!パシャ!パシャ!
盛大なシャッター音が談話室に響いたのだった―――。
―――その後。
イースター休暇が終わり、寮へと帰ってきたグリフィンドール生が見たものは、すっかりやつれ果てた見るも無残なハリーとロンの姿だった。
かつての偉大な魔法使いとしての輝きはどこへやらハリーも、そしてロンも、ハーマイオニーに絶対の忠誠を誓い屋敷しもべ妖精よりも過酷な状況に身を晒しているではないか。
「どうしたんだい?」
あるとてもとても勇敢な生徒が聞いてみた。勇猛で鳴るグリフィンドールの中でも屈指の勇敢さである。無謀ですらある。
「あら、ねえねえ、この写真見てみない?」
質問に直接には答えず、妖艶に微笑みながらハーマイオニーが怪しげな写真を差し出した。
ちらっと見えたそれに写っていた男の子は裸で―――。
「「お願いですからお止め下さい、ハーマイオニー様!」」
慌ててそれを阻止しようとする二人を見て、その生徒はある程度察した。つまるところ、あの二人は『決して怒らせてはならないあの人』の逆鱗に触れたのだ。それだけ判ればもう充分だった。
さよなら、二人とも。今までありがとう。ハリー、ロン、君たち二人の御冥福を祈るから。せめて、安らかに。
『決して怒らせてはならないあの人』への挑戦はグリフィンドールのタブーである。それをやってしまった者は、例え英雄ハリー・ポッターであろうが、大いなる制裁を受けなければならないのである。それは、太陽が東からのぼるのと同じくらい当然のことである。
かつて、何人の強者達が、彼女に無謀にも勝負を挑み、そして撃退されてきたことだろう。
Mという少年がいた。
彼は愚かにもあの人に対して失礼極まりない暴言(「穢れた血!」)を吐いてしまった。その結果、彼は顔面に容赦なく鉄拳を叩き込まれ、血に染まった。
Sという記者がいた。
彼女は愚かにもあの人に対して失礼極まりない悪口をとある新聞に載せてしまった。その結果、彼女は容赦なく拉致・監禁され、あの人への絶対の服従を誓わされ、ようやく解放して頂いた後も握られた弱みをネタに脅迫され続ける事となった。
Uという役人がいた。
彼女は愚かにもあの人に対して失礼極まりない態度をとりつづけた。その結果、彼女はあの人に逆鱗に触れ、危険極まりない某森林に連れて行かれ、リンチを受けた。半殺しの目にあった彼女は恐怖のあまりに廃人寸前にまで追い込まれ、現在は行方も知れない。
ハーマイオニー・グレンジャーの前に立ちはだかってしまった者達は、例外なく打ち砕かれてきたのである。例えるならそれは、ゾウの前をたまたま横切ってしまったアリンコにも似ていた。虫けらは容赦なく踏みつぶされるのである。
だから、他のグリフィンドール生はただ祈るしかなかった。触らぬ神にたたりなし。
彼らは忘れない。
昔、ハリー・ポッターという偉大な魔法使いがいたことを。
ロナルド・ウィーズリーという勇敢な魔法使いがいたことを。
忘れないでいてあげることぐらいが、彼らの精一杯だから。
ハーマイオニー・グレンジャーに奴隷のように付き従うボロボロの二人に、彼らはそっと十字をきったのでした。
ちゃんちゃん。
(おわり)
(おわり)
作者コメント
脱衣麻雀ならぬ脱衣ポーカーの話。ハーマイオニーがもう少しで……という話です
が、結局いつものパターンに。今回の作品の拘束は『例のあの人』『ポーカー』『カ
メラ』でした。例のあの人と言って、ヴォルちゃんに出演してもらったのでは芸がな
さすぎるので、ハーたんにその役割をやって頂きました。
てゆーか、ハーたん強すぎ(笑)。
by レイン坊
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