
カツ、カツ、カツ
階段を上って来る足音が聞こえる。 誰かなんて、確かめなくても分かってるんだ。 だから僕はおもむろに立ち上がり、玄関のドアを開けた。
「あら、今日は早いわね」
ドアを開けた向こうには、完全に酔ったハーマイオニーが立っていた。 立っているという表現が正しいのか……本人はしっかり立っているつもりなんだろうけど 完全に体が揺れている。 その上、今まさにドアを叩こうと振り上げた手は拳の形に握りしめられていた。 僕は慌てて彼女のその手首を掴む。 それさえも意に介さないような顔をして、ハーマイオニーは僕を見ている。
そりゃ家に居ればすぐにでもドアを開けたくなるんだよ、ハーマイオニー。 だって君、この間僕の留守中にどんな事したか覚えてる? 「早く出なさいよ!ハリー・ポッター!!居るんでしょう?」 なんて表で大声出してドアを叩くもんだから、ご近所に迷惑かけちゃったじゃないか。 それ、何時だったか知ってる?夜中の1時だよ、1時! 君ともあろうものが非常識極まりない。 後でご近所さんに怒られるわ、白い目で見られるわ散々だった事をハリーは思い出す。
そんな事を目まぐるしく考えてた僕を尻目に、彼女は極上の笑みをその顔に浮かべ 掴んでいた僕の腕をふりほどき、勝手知ったるという風に、ずかずかと奥へと入って行く。 「ち、ちょっとハーマイオニー」 「何よ?」 ダメだ……完全に目が座ってる。
僕は一つ大きな溜息を付き、ドアを閉めてハーマイオニーの後を追った。
リビングに戻ると、ハーマイオニーはソファーに埋もれるような格好で目を瞑っている。 まったくしょうがないな…… 今回は3ヶ月?4ヶ月か? 失恋する度にうちに来るのは止めてもらいたいよ。 それはロンにも言える事だけど。 いや、訪ねて来てくれるのはとっても嬉しいんだ。 ただ、こういう時ばかり来てくれるのはどうかと思うだけで…… 確かに独身で一人暮らしとなれば、たむろしやすいのは分かるけど、しょっちゅうだと僕も困る。 それとも何か?うちは駆け込み寺なのか? そんな考えを打ち消すように首を振り、再度溜息を付くとキッチンへ行く。 氷を入れたコップに水を汲むと、カランと涼しげな音がした。
リビングに戻った僕はハーマイオニーが座ってるソファーの前に膝を付き、肩を揺さぶってみる。 「う……ん?」 眠そうな目を半分開けて、僕が差し出したコップを受け取ると彼女は一気に飲み干した。 これも毎回一連の動作だったりするから、僕も彼女も何も言わない。 「あーやっぱり、ハリーの所のお水は美味しいわ」 「どーだかね……今回はどうしたの?」 呆れながらそう問い掛けて顔を覗き込んだとたん、彼女のブラウンの瞳に大粒の涙が溢れる。 ここだけ見れば僕が彼女を泣かせたみたいじゃないのか?コレ。 そんな事を考えていたら、か細い声で僕の名前を呼ぶ声がした……
「ハリー……」 「はいはい、何でしょう?」 「はい、は一回でいいの!」 不服そうに頬を膨らませ、目を真っ赤にしながらも訂正してくるのは ハーマイオニーらしいと苦笑せずにはいられない。 そんな僕から視線を外し気を取り直したように、ハーマイオニーはポツポツと話始める。 その話はいつもと同じパターンなストーリーだと思うのは僕の気のせいだろうか?
「アイツったら酷いのよ。私を何だと思ってるのかしら? 終いには『母親みたいな小言を言うな』よ!失礼しちゃうわ! 誰がアンタの母親なのよ。まっぴらゴメンよ!」 どうも付き合った男達は皆、仕切りたがり屋のハーマイオニーのおせっかいの余りの その一言一言が疎ましく感じてくるらしい。 確かにおせっかいは過ぎると思うけど、そこがハーマイオニーのいい所じゃない? そう言って笑う僕の肩にそっと彼女の手が添えられる。
「口直しするわ」
そう言う彼女の目は座っている…… 肩にあった彼女の手が僕の襟首を掴む。え〜〜っ?口直しってそういう事?! 「ち、ちょっと……!待ってよハーマイ……」 「男のくせに、往生際が悪いっ!」 ずいと顔を近づけて来たハーマイオニーが暴言を吐く。 そういう問題でもないと思うんだけど?ハーマイオニー…… 及び腰になった僕にハーマイオニーは更に迫ってくる。ひょっとして君、迫り上戸なの? そう思った瞬間に、暖かくて柔らかい唇が押し付けられた。 ほんのりお酒の香りがして大人の味……じゃなくって! 訳も分からずパニくっていたら、尚も執拗に迫ってくるハーマイオニーに押し倒される形になり 僕は後ろにひっくり返る。ずしりと彼女の体重を感じ、思わずハーマイオニーの体に腕を 回した所で、僕の襟首を掴んでいた彼女の腕がパタリと落ちた。
「ハーマイオニー?」
………寝てる?
はぁ〜〜と一つ大きな溜息を付き半身起こしたら、僕の上にあったハーマイオニーの体が ずるりと床に落ちそうになり、慌てて細い体を抱き止める。
「うん〜〜?」
少し身動ぎしたが起きる気配はない。規則正しい寝息が聞こえるだけだ。 まったく呑気なお姫様だね、君は。 僕だって男なんですけど?そこの所分かってますか? ちょんと、頬をつついてみたが何ら反応はない。 でもこのままじゃ風邪引いちゃうよね。 僕はハーマイオニーを抱き上げると、ベッドルームへと連れてゆきベッドに横たえた。 彼女の履いていた靴を脱がせ、シーツを掛ける。 ベッドの端に腰掛けて彼女の寝顔を覗き込んで見れば、規則正しい寝息は聞こえるが、 その顔は眉根を寄せていて苦しそうだった。 どうしてこんなになるまでお酒飲んじゃうの? 君の悲しそうな顔なんて見たくないのに……でも幸せそうな顔も見たくない。 そう言ったら君は……?
ハリーは思わず苦笑する。 今更言える訳が無い……言えた義理でもない。 学生の頃、君に告白されて「親友でいよう」と拒んだのは僕。 だから君は今まで通り、親友として僕に接してくれている。 これ以上、何を望むというのだ?それも今更……
無意識にハーマイオニーの顔にかかる髪を指でそっとかき上げて 愛しむように頬に手を沿わせ、指で彼女の唇をなぞる。 少女の頃にあったそばかすは消え、すっかり大人の女性へと変貌した ハーマイオニーはとても美しい。
君を悲しませるなんて事……僕だったら絶対しないよ
面と向かってそう君に告げられたら……
伏せられた睫の奥の碧の瞳がゆらぐ。 そっとかがみ込むようにして、触れるだけのキスを贈り ハーマイオニーの顔をじっと見つめる。
寝込みを襲うのはルール違反かな?
至近距離にある彼女の唇に再度口づける。 尚も反応がない所を見ると、完全熟睡中なのは間違いない。
何をやってるんだろう……
頭の片隅にそんな考えも浮かんだが、心の疼きは止められない。 眼鏡を外すとサイドテーブルの上に置く。 覆いかぶさるようにしてハーマイオニーの顔を覗き込み、その顎に手を掛け上を向かせ 少し半開きになった彼女の唇に自分を重ねた。 しっとりとした唇を味わい、更に舌を侵入させるとその口内を弄りハーマイオニーを絡め取る。 少しお酒の味がした。 ぴくん、とハーマイオニーに反応があったが、お構い無しに唇に頬に瞼にとキスの雨を降らせる。
暖かい雫が僕の唇を濡らす……
動きを止めハーマイオニーの顔をじっと見詰めると、目尻から一筋の涙が零れていた。 震えた睫がゆっくりと持ち上がり、そこから現れた瞳には自分の姿が映っている。 ああ…こうやって君の瞳に、僕だけが映っていればどんなにいいだろう…… 今の状況をどう説明するのかと言うことなんて、僕の頭の中には毛頭なかった。
「ハリー……」
そう呼びかけられて我に返り、首を傾げてハーマイオニーを見る。
「ハリー……あなたがいると私、幸せになれないの……」
そう言うとハーマイオニーは視線を外し、横を向いてしまった。 どういう意味?
「私……ダメなの。あなたが存在していると思っただけで……」
うわごとのように呟く彼女の言葉は、いつもと違い明瞭さを欠いている。 思っただけで、何なの…?
彼女はまだ僕の事を好きでいてくれているのだろうか?
それなら僕達はかなり遠回りしていたんだね…… お互いを忘れる為に、違うパートナーを選んで。 その度に傷ついて、毎日心の中で何かが死んで…… もしそうだったら……? 今確かめなくてはきっと後悔する、あの時のように。
「……じゃぁ君の幸せは何処にあるの?」
横を向いてしまったハーマイオニーの耳元に掠れた声で囁く。 体重を移動させると、ギシッとベッドの軋む音がした。
その音に敏感に反応したハーマイオニーが思わず振り向く。
「止めて……!このベッドにも何人も女を連れこんだのでしょう? 私もその一人になりたくないわ!」
今泣いていたかと思ったハーマイオニーの瞳が、怒りのあまり赤く見えるのか それとも泣いていたために赤いのか。 もうそんな事はどうでもいい。彼女の言葉で僕の中の枷が外れた。 ハーマイオニーの手首を掴み、更にベッドに強く押し付ける。 抵抗を試みもがく彼女を組み敷き、上から見下ろしているその瞳は悲しみを含んだ 深い湖の底の碧のようで、今にも泣き出しそうな表情をしてハーマイオニーを見つめる。 「そうだよ、何人も連れ込んだよ。君を忘れるためにね」 搾り出すような押えた声音がハリーの唇から零れる。 一瞬の静寂 そして彼女が体の力を抜くのが分かる。
「……うそ。今更そんな事言わないでよ」
そう呟く彼女の声が震えている……その瞳はじっとハリーを見つめ、信じられないというように ふるふると首を左右に振る。声にならない叫びを上げそうなのか、その口元を手で覆っていた。
「もう遅いのかな?」
「どうして今頃言うのよ……。あなたを忘れようとした私の努力は一体何? 毎回こんなに苦しい思いをしてまで……でもあなたを忘れられなくて会いたくて… 正面から向かい合えない私は、いつもお酒の力を借りてしかあなたに会いに来れなくて 自分で自分が嫌になるわ……何て卑怯なのハーマイオニー……」
怒りとも悲しみとも付かない感情を持て余したハーマイオニーの、 深くて悲しいまでの愛の告白…… ずっとあなたが好きでした。ずっとあなたを見ていたわ。 でもあなたは見て見ぬ振りをしていたの? 私の事どう思っていた?ねぇ? じっと僕を見つめる彼女の瞳は、そう語りかけている…
「ハリー、わたしは……んっ」 まだ何かを言おうとするハーマイオニーの言葉を遮るように、その唇を塞ぐ。 ハーマイオニーは一瞬びっくりしたように目を見開いたが、ゆっくりとその瞼を閉じて 拘束を解かれた彼女のの腕が、そろそろとハリーの肩をすべり首の後へと回る。 いささか長すぎた口付けを解かれると、またもやハーマイオニーが何かを言おうと口を開きかければ 、 笑ってハリーが人差し指でハーマイオニーの唇にあてがい押し留める。 「ハーマイオニー、ハーマイオニー……黙って……」
「僕にも言わせてよ……」
何を?と問いかけようと首を傾げるハーマイオニーの仕草が可愛くて… 思わず笑みがこぼれる。
「懺悔……」
「?」
「ひとつは僕がはっきりした態度を取らなかった為に君を傷つけていた事を謝りたい。 二つは自分の気持に正直になれなかったこと……そして…」 「もう、いいわ」 「もういいって……」 「前置きはもういい。聞かせて、あなたの正直な気持……」 そう言って見上げて来るハーマイオニーの瞳には緊張の色がありありと伺える。 何緊張してんのさ?こっちまで緊張するじゃないか。 ハリーは深呼吸すると愛しむようにハーマイオニーの頬を両手で挟み、額をくっつけてニッコリ笑う 。
「愛してるよ、ずっと前から」
見開かれたブラウンの瞳に水のベールが引かれる。
ずっと彼女が聞きたかった言葉……それを僕は与えてあげられただろうか?
一つ瞬きをすると、ハーマイオニーの瞳から涙が溢れ頬を伝う。 その顔を見られたくないのか、僕の肩口に顔を埋め肩を震わせて泣いている。 嗚咽を押えた彼女の泣き方に、僕の心はまた痛む。 いつからこんな泣き方をするようになったの?……聞くまでもなく、僕は知っている。
君を拒んだあの日から、君の感情が見えなくなった。
熱い思いを心の中に閉じ込める術を知ってしまったハーマイオニー。 君の微笑みはいつもどこか淋しげだった。 ごめんね……全部僕のせい。 どうやって僕は償おう。君を苦しめた年月を……
「いいの……あなたも苦しんでくれたんですもの」
そういう彼女の微笑みも変わらす淋しげだ。 心から笑って欲しい。どうやったら君の笑顔を取り戻せる?
「君の幸せが僕の側にあると言うなら、僕はいつまでも君の側にいる……」
「そうやって他の女の人にも言ったんでしょう?」
「酷いな〜ハーマイオニー。僕は……」
「分かってるわ……」
あなたの事は…… いつからあなただけを見ていたと思ってるの?
大輪の花を思わせるような微笑が、ゆっくりとハーマイオニーに広がる。 それはあたかも春の雪解けのような、暖かな日差しに似た笑顔であった。
作者コメント
何だかベタな話になってしまいました……(苦笑) 使わせていただいたネタにも沿ってないような(殴)スイマセン。 初めはギャグテイストで流すつもりが、いつも通りのオチに…… もう襲い受けなのか、誘い受けなのか、狸寝入り受け(そんなのあるのか?)訳わかりません(笑) 何だかこの続きがあっても良さ気?
2003.12.13 by 紫苑
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