『クッキー一枚でラブラブな話』












麗らかな昼下がり、休日の談話室は賑やかだ。
監督生であるが故に下級生からは微妙に煙たがられるところの私は、部屋の隅でおとなしく読書を決め込んでいる。
個室に閉じこもってもよかったのだけれど、隣に座る男がそれを許してくれないから。
宿題で判らない箇所が出てきても直ぐに聞けるように、だなんてなんとも自分勝手な理由を言っている。

でもね、それはあくまで表向きの理由だってことも、私はちゃんと知っている。
付き合い始めたばかりの私達だから、こういう何気ない二人の時間さえも嬉しいんだ。

「ふふふ」

「な、なんだよ。僕、どこか間違えてる?」

「違うのよ、ただね、ちょっと……」

理由なんか教えてやらないもん。
だって、私だってよく判らないのにさ。
何だろうね、この気持ち。
思わず、笑いが込み上げてくる、この気持ち。

「むー、なんだよう、気になるよ。教えてよ、ハーマイオニー」

「いや、教えてやんない。ハリーは、早く、その宿題やっちゃいなさいよ」

「むむぅ。ちぇ、何なんだよ、もう。いきなり笑ったのはハーマイオニーなのにさ」

口を尖らせて文句を言う彼。
拗ねたような目付きでちらちらとこちらを伺っている。
こういう仕草が可愛くて、ついつい意地悪したくなっちゃうんだ。

「えへへへ」

そう言って、私は腕にしなだれかかってみた。
勉強の邪魔になっちゃうけど、こういう事してみたらどういう反応してみせるのかな。

「は、ハーマイオニー!」

慌てふためく彼。
予想通りだから、ちょっと嬉しかったりする。

「何?」

少し頬を赤く染めた彼に、しれっと言った。
ふふふ、今日はちょっと意地悪ハーマイオニーになっちゃおうかなあ。

「……ど、読書はいいのかなあ、と思ってさ」

「もう読んじゃったの」

「だからってさあ、僕、勉強してるんだよ、一応」

彼が文句を言った。
なっまいきー。
本当は、嬉しいくせにさ。

「ふーん、じゃあ、部屋に帰っちゃおうかなあ」

「なっ」

「勉強の邪魔しちゃ悪いもんね」

そう言って立ち上がってみせる私。
少し哀しそうな顔を見せる。
もちろん、演技である。
今日の私は意地悪なのだ。

「待ってよ」

途端に、腕を捕まれた。
止められた訳だけど、こういうのって、ちょっと嬉しいじゃない。
恋人みたいで、なんか、いいじゃない。

「行かないで」

「じゃあ、ここにいよーっと」

「……」

私はクスクスッと笑いを零した。
隣に座った笑顔の私を、いじけたような目で睨む彼。

「何よ」

「なんで、意地悪するのさ」

それは貴方が可愛いから。
だなんて、さすがに言えません。

「意地悪なんか、してないよ」

「ふーん、そんな事言うんだ、この口は。お仕置きしちゃうぞ、この口は」

「にゃ、にゃにするにょにょ」

突然、ほっぺたをつねられた。
そのせいでちゃんと喋れないし。
なにより、痛い。

「それなら、僕にも考えがあるもんね」

「イッターイ、酷いわ。ハリー」

ヒリヒリするほっぺたを撫でながら、私は文句を言った。

「意地悪なハーマイオニーが悪いんだよ。ちゃんと、お詫びをしてもらわないと」

「お詫びって何よ」

「なーに、簡単なことさ……」

痛くて涙目になった私に、彼はニヤリと笑ったのだった。







『クッキー一枚でラブラブな話』







「ん」

そして、彼は勉強することを完全に放棄したようだった。
そんなんじゃ駄目なのに。
しゅ、宿題は、ちゃんとやらなきゃいけないと思うの、私。

「ねえ、宿題はいいの?」

「ん」

「ちゃんとやらなくちゃ、ね?」

「ん」

「……」

てゆーか、さあ。
みんな見てるからさあ。
そういうのはここでは止めた方がいいと思うの、私。

「ん」

「あは、あははは」

笑って誤魔化してみたけれど。
眼鏡をはずした彼の翠緑の瞳は、悪戯っぽく煌めいたまま。
止める素振りなし。

「ん」

クッキーの端を口でくわえたまま、迫る彼。

「え、えーっと、ほら、私って監督生だから……」

「ん」

さすがに私だってね、彼が何をしたいのかぐらいは判るわ。
ええ、よく判るわ。
でも、でもね……。
判るからって、それで期待に沿えられるかどうかは別問題な訳で。

「もう、何でしてくれないのさ」

「で、できるわけないでしょう!」

クッキーを食べながらキスだなんて。
イーヤー。
無理よ。
二人だけならともかく、こんな所じゃ無理。
絶対、無理だかんね。

「ハーマイオニーは僕のこと嫌いなんだ」

「なっ、何でそうなるのよ!」

「じゃあ、ちゃんとやってよ。ハーマイオニーが悪いんだからね。忘れたわけじゃないでしょ?」

「ううう」

「ほら、やっぱり、僕のこと嫌いなんだ。好きならできるはずだもん」

好きとか嫌いの問題じゃなくて。
これって、羞恥心の問題じゃないかしら。

「そんなバカップルみたいな真似はできないわよ」

「えー」

「えー、じゃない!恥ずかしいじゃないの。私、そういうのって無理だかんね」

「僕、聞こえなーい」

コイツ。
絶対、楽しんでる。

「むう……。お願いだから、ね?」

「ん」

駄目だ。
この男には何を言っても通じないんだ。
こうなったら、コイツはてこでも動かない。
そのことを私は良く知っている。

「もう、ハリー!嫌だよう……」

「ん」

せっかく、可愛く言ってみたのに。
まるで聞いちゃいない。
くっそー。
こうなったら。
三十六計逃げるにしかず。
私は急いで立ち上がった。

「逃がさないよ、ハーマイオニー」

しかし。
逃げだそうとした私の腕は、しっかりと掴まれているわけで。

「シクシク」

「嘘泣きしても駄目!」

あっさりと万策尽きた。

「ん」

ああ、談話室のみんなの視線が痛い。
痛いなあ。
思いっきり、睨まれてる。
ああ、私は違うの。
私はね、そういう人とは違うのよ。
みんな、信じて。

「ん」

「ううう」

「ん」

執拗に求める彼。
でもさあ、みんな見てるじゃない。
睨んでるじゃない。

「ん」

目の前に迫る彼。
ああ、もう駄目。
もう駄目なのね。

パク!

とうとう、私は。
クッキーの端をくわえてしまった。
正確に言うと、押しつけられたから仕方なくなんだけど。

ギュウ。

途端に、彼に抱きすくめられる私。
もう逃げられない。
彼の翠緑の瞳を覗き込むと、其処には私がいて。
向かい合った対鏡の中に、私は閉じこめられていた。
だから、もう、絶対、逃げられない。

……ああ、これって絶対、魔法だわ。だって、もう……、抵抗できない。

パクパク。

彼がクッキーを食べ始める。

パクパク。

憑かれたように私も食べ始めて。
やがて触れ合う唇。
……もう、クッキーなんかいらなかった。

「んん」

口に残るクッキーを飲み込んだ時。
もうそれは、完全にキスへと変わっていて。
クッキーなんか目じゃないくらい、とろけるように甘い。
とっても、甘い。
だから、むしゃぶるように求めちゃうんだ。

「んん」

心臓がギュッとして痛い。
甘い疼きが胸を焦がす。
込み上げる想いがもうどうしようもない。

……ああ、だから、嫌だったのに。どうしても、こうなっちゃうから。

「どうだった?」

翠緑の潤んだ瞳で、彼が甘く囁いた。
彼の口と私の口に架かる銀の糸が切れた。

「……ハリーったら、もう。強引すぎるよ。でも……」

「でも?」

「最高」

ああ、私って正直だ。
貴方の前じゃ、正直になっちゃうんだ。

「くくく、あはは、ハーマイオニーって可愛いなあ」

「……」

「あはは、嫌がってたくせにさ。あははは、おっかしいー」

ちょっとね、笑い過ぎよ、ハリー。
なんか、文句を言ってやろうと思って。
気が付いた。

「みんな凄い目で見てたわよ、今も結構きついけど」

「いいじゃん、別に」

さらりと流す彼。
でも、私にはまだ考えがあるんだ。

「そうね、かまわないわね」

「え?」

私の意外な言葉に少しビックリしたような彼。
ふんだ、いつまでもやられてばっかりじゃないもん!

「ん」

「えーっと、ハーマイオニー?」

「ん」

私はきっと耳まで赤くなっちゃってるだろうな。
だって、私がこんなことをするなんて。
口で差し出したクッキー。
……でもさあ、さっきの良かったんだもん。

「もしかして、好きになっちゃたの?」

さしもの彼も、ちょっと照れたように聞いてきた。
口が塞がった私は、仕方ないからコクンと頷いた。

「この、見られたがり」

貴方にだけは言われたくないわよ。

「ん」

「……まったく、ハーマイオニーには敵わないな」

そんな失礼なことを言って。
彼はちょっと困ったような顔をしたけど、すぐにクッキーに口を付けたのだった。




……それからだ。

私達がお菓子を食べようとすると、みんなが凄い目で睨むようになったのは。
しょっちゅうそういう事している訳でもないのに。
私だって一応は、少し気を遣っているのよ?

だから、そういうのは三日に一度くらいにしてるじゃない!


「ああ、みんなの視線が痛いわ」

「ふふふ、みんな僕達が羨ましいんだよ」

「そういう事をよく平気で言えるわね」

「ん」

「ああ、もう、やめなさいよ。それは」

「ん」

「もう、しょうがないなあ……」

談話室のみんな、ごめんなさい。
パパ、ママ、歯医者の娘なのにごめんなさい。

そんなこんなで、私ことハーマイオニー・グレンジャーは、一応反省しつつも、今日だってこんな事をやってしまっていたりするわけです。

クッキー一枚につき、キス一つ。
私のささやかな楽しみです。



(おわり)









作者コメント

これは色々な意味で、消化不良を起こした作品でした。今作に設定されていた拘束は 『クッキー』『歯医者』『談話室』でした。談話室と歯医者のペアがきつかった。ど うやったら歯医者を談話室に連れてこれるだろうか、と思っていたらハーマイオニー の両親が歯医者でした。で、ハーマイオニーにむりやりそれを言わせて達成。それに しても今回一番苦労させられたのはキスでした。書いても書いても、嘘になる気がし てきたので短い描写で逃げました。小説やら漫画やらで私がつねづね不思議に思うの は、あんなに色々考えながらキスしてる奴はいるのか、ということ。私は比較的キス を乱発する方(つまり危険人物)ですが、あまり深く考えたことはないですな。キス 時には大抵酔っているからかもしれないけど。てゆーか、何を言ってんだろう自分… …。
ふっ、つまり、私はキスシーンを書けない人間なのさ(哀愁)。
 by レイン坊