『魔法薬学教師は見た!』
我輩は猫である。
名前はまだない。
……。
…………。
………………。
すまん、嘘をついた。
名前をセブルス・スネイプという。
渋くてクールなこの名前を、我輩、密かに気に入っている。
我輩は一応教師である。そうだったはずである。
なのに、何故に我輩は猫なのか。
それは語ると長くなる。とてもとても長くなる。
だが、特別に聞かせてやろう。
魔法薬学は崇高にして深遠なのだ。
加える薬草の量を少し自己流にしてみると、とんでもない事になるのだ。
例えば、猫になってしまったりするのだ。
判ったかね?
もちろん、我輩、身体を張ってこの教訓を諸君らに示したのである。
この我輩がミスをするはずがなかろう。そう、ミスではないのだ。
そこのところ、誤解のないようにな。
教師は大変なのだよ。色々とな……。
ふっ。じゃあそろそろ戻るとするか。
なに、我輩は優秀な魔法使いだから、こんなもの、呪文で一発なのだ。
すぐに元に戻れるのだ。
それ。これで、ほーら……
「にゃーん、にゃにゃにゃん」
!!!
……。
…………。
………………。
え、えーっと……。
も、もしかして、もしかすると……。
猫だから呪文がしゃべれないのではあるまいな?
マクゴナガル先生は猫になっても出来るのに?
これも薬の効果か?
は、はは、ははは……。
まさか……、そんな……。
……。
…………。
………………。
「にゃにゃん、にゃにゃああああ!!!(我輩の馬鹿あああああああ!!)」
『魔法薬学教師は見た!』
……とりあえず。
魔法を使える誰かに何とかしてもらわねばなるまい。
口の堅い先生がいい。
生徒に見つかる事だけは避けねばな。
ばれたら我輩の一生の恥だ。
断じて!!
誰にも!!!
見られるわけにはいかん!!!!
……悲壮な覚悟を決めて。
我輩、仕方なく、地下牢教室から脱出する事にした。
とりあえずダンブルドア先生を目指す。
あの方なら、我輩の失態を言いふらしたりなさらないだろう。もはや我輩はあの方に己の全てを委ねている。この程度の事が加わったからといって、正直、たいしたことはない。もっと、まずい秘密もあの方は知っている。
次の候補はマダム・ポンフリーといったところか。あの人でも良い。患者の秘密は話さないだろう。たぶん。
左良し、右良し。もう一度、左良し。
誰もいないようだな。よろしい。
ふっ、当たり前か。今は真夜中だからな。ああ、満月が綺麗だ。あの狼野郎も今頃は何処ぞを彷徨い歩いている事だろう。舌を垂らしながらな。
月明かりが城内を照らし、道もよく分かる。
よく考えたら、生徒なんざいるわけないし。
くっくっく、実に好都合だ。
じゃあ、急いで行くか。
フハハ、刮目せよ、この俊足!!
真夜中のホグワーツ。我輩は走り始めた。四本足で。
……そうして、幾つか教室を過ぎた時だった。
我輩の高性能の耳は、あり得ないはずの音声を捉えた。
「ハリー……」
「ハーマイオニー……」
恐ろしく甘ったるい声が、ひそひそとある教室から聞こえてくる。
よもや!
よもや!!
よもや!!!
我輩は迷わずその教室へ飛び込んだね。
我輩の勘が告げている。というか、告げなくても判る。
そして見た!!
我輩はしかとこの目で見た!!
夜の教室で抱き合い接吻する二人。
ハリー・ポッター。
ハーマイオニー・グレンジャー。
……よーし、よーし。
オーケー。オーケー。
貴様ら、いい度胸だ!!
神聖な教室で、いい度胸だ!!
よくもよくも、毎度毎度こうして規則を破れたものだな、ハリー・ポッター!
貴様、思い知らせてやるぞ!!
我輩は叫んだね。こういうふざけた連中には、お仕置きが必要なのだ。
思い知れえええ!!
「にゃにゃにゃにゃーん、にゃんにゃんにゃく!!(グリフィンドール、減点百点!!)」
……。
がびーん!!
し、しまった!!今、我輩は猫であった……。
つい、興奮して……。
その事を失念して……。
「あら、猫だわ」
見つかった。
マズい。マズすぎる……。
自分から見つかりに行ってどうする!!さっきの決意はどうした!?
我輩、ピンチ!!
「見た事ない、黒猫だわ」
近寄ってきたミス・グレンジャー。
我輩の前に立つ。
我輩、彼女を見上げる。つい、何気なく。
しかし、いつもより、とってもとっても我輩の視点は低い訳で……。
しかも猫だから暗闇でもばっちりなわけで……。
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
し、白……。
見えた。
猫となった我輩の目はしかとそれを捉えていた。
……良かった。猫になって本当に良かった。
グリフィンドールに三十点(見物料)。
「ほら、おいで黒猫さん。やだわ、ねえ今の見ていたの?」
そう言って、固まったままの我輩を抱き上げ、ちょっと、照れたように言うミス・グレンジャー。彼女の甘酸っぱい香りが我輩を包む。
猫だからとても匂いに敏感になっているのだ。
ああ、クラクラする。
駄目だ!駄目だ!駄目だああ!
可愛いが許さんぞ!ああ、許さん!!
今の、だと?
ああ、白い……じゃなくて。
ああ、見ていたよ。我輩は見ていたよ。
貴様らの接吻シーンを!!貴様らの愛情表現を!!
深夜に教室デートか。
監督生とはいい御身分だな、ミス・グレンジャー。
「見回りです」とでも言うつもりだったか?
甘いな。減点だ。
パンツも白いしな。
「えへへへ……」
貴様、幸せそうに笑いおって……。
ハリー・ポッターとの接吻がそんなにいいか?
ああ?あの眼鏡野郎のどこが?
くっそー……。
戻ったら絶対に減点してやる!減点してやる!減点してやる!減点してやる!
覚えていろよ!!目にもの見せてくれるわ。
……しかし。
でも、この我輩に当たる胸の感触……。
これは良い。素晴らしい。
グリフィンドールに四十点(体験料)。
「ねえ、ハーマイオニー。その猫、僕が預かっても良いかな」
我輩が憎むポッターの声がした。
そういえば、貴様もいたな、ハリー・ポッター。
貴様は退学だ。もう絶対に退学だ。
ははは、おさらばだ!!
くくく、ざまあみろ。ばーか、バーカ!!
「え?」
「ね?いいでしょう?ハーマイオニー」
怪しい羊皮紙を覗き込んでいた奴は顔を上げ、こちらを見ると、にやりと笑った。
でも、全然目は笑っていない。
ああ、我輩、見た事あるよ、それ。
悪魔の笑い。
例のあの人ぐらいですね、それできるの。
ゾッとする我輩。身を包む恐怖。
猛烈に嫌な予感がする。
我輩の第六感が、逃げろと訴えている。
嫌だ!!嫌だ!!嫌だ!!!!
ミス・グレンジャー、頼むから……。
「はい、どうするの?」
のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
何故だ、やめるんだ!
今の奴の笑いを見なかったのか?
あの目は絶対、我輩に何かする気だ。
ポッターは!!
断じて!!
我輩に何かしようとしている!!!!!!
やめてよ、許してよ。
すまん、我輩が悪かったから……。
「ねえ、確か先生を攻撃すると規則に違反するけど、猫は別に問題ないよねえ?」
「何をするのよ。もしかして、この猫を苛める気なの?駄目よ、そんな事!」
我輩を護ろうとするミス・グレンジャー。
素晴らしい。貴様は素晴らしい。
そう、それでいいのだ。我輩を奴から護ってくれ。頼む。
「まさか、そんな事はしないよ。ちょっと、魔法の練習相手になってもらおうと思って。ほら、変身術の練習とかに。さすがにヘドウィクには無理だろ?」
「なんだ……。そうよね。ハリーはそんな事しないわよねえ」
嘘だ!嘘だ!!嘘だ!!!
断じて奴は嘘をついている!!
騙されるな、ミス・グレンジャー!!
ああああああああああああああああああああああああ!!!
願い空しく、ポッターの手に渡る我輩。
猫だから何も出来ない。
暴れても無駄だ。魔法がある。
逃げようとしても「アクシオ!」で終わりだ。
終わった。我輩の人生、たぶん終わった。
「じゃあ、そろそろ戻ろうか?もう遅いし」
「そうか……、そうよね」
寂しそうに物足りなさそうに、俯くミス・グレンジャー。
その唇に軽く接吻するポッター。
貴様ら、我輩がここにいるのだぞ!!!!!!
不純だ!!
ふざけるな!ふざけるな!!ふざけるなああああ!!!
うらやしいよお。
「さき戻っててくれる?僕、ちょっと忘れ物があるから」
「え?そんなものがあったの?私も探すわ。それに貴方一人で先生に見つかりでもしたら困るし」
いや、もう見つかっておるから。
「いいんだ。僕一人でも大丈夫だから、それに、これもあるし」
怪しげな羊皮紙を指さすポッター。
だから、何なのだ、それは?
我輩の疑問をよそに、それを見て納得するミス・グレンジャー。
「そう、ならいいけれど……」
「ごめんね、好きだよ、ハーマイオニー……。おやすみ」
我輩の目の前で、別れの接吻をする二人。
甘い甘い恋人達の接吻。
我輩は汗くさいポッターに抱きかかえられているから逃げられない。
もう貴様ら、絶対退学だかんな。
グリフィンドールも減点してやる!!減点しまくってやる!!
……そして。
名残惜しそうに、教室から出て行くミス・グレンジャーを見送った後、ポッターを包む空気が一気に氷点下にまで下がった。
張り詰める空気。
ポッターが口を開いた。
「さて、どういうつもりです?」
我輩を睨みつけるポッター。
その声は地獄の底から響いているかのように低く重たい。
こ、こわいよお。
ま、まさか、バレておるのか?いや、そんな馬鹿な。
「スカートの中も見ただろ」
殺気が爆発する。
ひいいいいいいい!!!!
ここは誤魔化すしかない。
我輩は猫だ。猫なのだ。
そう、我輩は猫である。
「にゃ、にゃー?(な、何のことかなあ?)」
必死こいて、猫の振りをする我輩。
「ハーマイオニーに抱っこまでされてたよね」
「にゃーん(吾輩は猫でーす)」
「変態」
「にゃにゃにゃーん(猫だもーん)」
「ほう、あくまで猫だと?」
「にゃにゃににゃにゃ!(当たり前だ!バーカバーカ)」
「……」
「にゃんにゃん(アホー)」
「……ふざけんなよ、スネイプ」
冷たく殺人光線を放つグリーンアイ。
ポッターは切れていた。
ねえ……。
ばれてる?ばれてる?ばれてるううう!!!!
次の瞬間、奴の杖から閃光が走り、我輩の身体を直撃した。
お前、許されざる呪文を……。
それは、ヒトには……、使っちゃいけないんだよ?
はっ!
しまった!!
我輩、今、猫だったああああああ!!!!!
「にゃあああああああああ!!!!!!(ひでぶうううううう!!!!!)」
真夜中のホグワーツに、黒猫(我輩)の絶叫が響き渡った。
……その後。
黒いボロ切れとなった我輩。
屋敷しもべ妖精に発見され、なんとか命は長らえた。
魔法薬学の教師は続けている。
「じゃあ、次、ミスター・ポッター、お願いする」
「いいでしょう。あ、その前に質問です」
それから、我輩は奴に頭が上がらなくなった。
ミスター、とか言っているし。
もちろん、減点なんぞ出来ない。
我輩のアイデンティティーを形成するものが一つ、完全に消滅した。
「何だ?」
「ここでこの薬入れすぎるとどうなるんですか?(ニヤリ)」
ニタニタ笑っているポッター。
……お前、絶対知っているだろう!!ああ!?
殺してやりたい、とかそう思いながらも答えた。
答えなければ他の生徒に不審に思われてしまう。
自分でもはっきりと判る硬い声。
「……猫になるのだ」
「え?もう一度(ニヤリ)」
ニタニタ笑うポッターに向かって。
我輩は叫んだ。
「猫になるのだ!!」
途端に、ミス・グレンジャーの顔色がはっきり変わるのが視界の端に映った。
……我輩、泣きたかった。
(おわり)
作者コメント
スネイプ先生には猫になってもらいました(笑)。勘違いされては困りますが、私は
スネイプ先生が大好き(でもスネハーは嫌)。私から溢れだした愛がスネイプ先生を
猫に変えてしまったのです。ええ、きっとそうなのです。というアレで、ちょっとエ
ロい黒猫になって頂いたスネイプ先生ですが、例のごとくやられキャラです。
ぶっちゃけると、ただ黒いハリーが書きたかっただけなの。それだけなの(笑)。
by レイン坊
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