「うーん…。」
ハリー・ポッターは多分生涯で一番悩める時を過ごしていた。
そろそろ波瀾万丈の学生生活も終わりを告げようとしている。
邪悪な闇の魔法使いに付け狙われたり何の因果か度々そいつを撃退しちゃったりして英雄扱いされたりした
長年の精神的に疲労困憊な日々も、これで終わるはず。
卒業後の進路は「闇祓い」に、と執拗に誘われたが、ハリーはがんとしてそれを断った。
大体、七年も悪の魔法使いと戦い続けてまだなんぞどこぞの邪悪と戦えというのか。
そんな世の中邪悪ばっかりか。もう邪悪なのも凶悪なのもスネイプの授業と試験だけで十分だ。
僕のノルマは達成したんだから後は人生謳歌させてよ僕まだ十八なんだよ?!
という確固たる決意の元、「闇払い」チームの皆々様には自分に勝るとも劣らない素材として、
プロの「魔法使いのチェス」棋士志望だったはずの赤毛の親友を
『あのヴォルデモードの戦いで誰より勇敢だったのは元より戦う運命だった僕じゃなく、
むしろ…一緒に来て戦うことを決めてくれた彼です!』
とかなんとか確信犯級のクサイ決め台詞と共にさっくり押しつけ
(どうもあちらさんも同じ事を思っているらしく頑強に抵抗していると聞くが)
自分はさっさと前からやってみたかったクィディッチのプロ選手の内定を取り付け、
ハリーは初めて心休まる日々を過ごしていた。
そーいや神様、太陽って暖かかったんですね!花って綺麗だなぁ!
と今や世界中の全てどころかヴォルデモードをも許せそうなウルトラハッピーな気分の魔法使いの英雄には、
もう一つ超スペシャルな出来事が存在していた。
そのことを思うと、ただでさえヤニ下がりっぱなしの顔がますます緩んで、
昔ダンブルドアに「ハンサム」と称された少年の面影はあんましどこにもないかもしんない。
「でもいいもーん、しあわせだーかーらー。」
あい○みつおも真っ青な平仮名満載の崩れきった思考の下で、ハリーはその幸せの権化の事を考える。
そう。そうなのだ。
苦節○年、途中で違うのに引っかかったりよろめきを味わったりしつつも、ハリーは遂に昔から思い続けていた
(というと大親友のロン辺りは微妙な表情をするが、ハリーが昔から思い続けていると言ったら思い続けているのである。
そりゃ途中ちょっとばかし他によろめいたことも無かったと…
いやいや、ここ最近のハリーの頭の中ではどうも彼女のことを生まれる前から知っていたような気さえする。
とどのつまりはかなり末期な兆候だと言えよう。)
栗色の髪の毛の親友、ハーマイオニー・グレンジャー…
彼女が長い長い友人としての間に終止符を打って恋人になってくれることに、ようやっとこの間合意してくれたのだ。
―――世界中にだって言いたい、今僕は幸せだ。
ヴォルデモードと戦っていたときから比べると七割は男前度合い減の笑顔でハリーはふにゃふにゃと笑う。
できたての「彼女」とラブラブだってイチャイチャだってべたべただってず〜〜〜っとしていたい、
今やただの色ボケとなり果てたハリー・ポッターのあまりの変貌ぶりに、
卒業前に彼に告白しようとしていた女の子達の五割方が引いたという噂もあるが、
『いいもーん、僕はハーマイオニーさえいれば幸せだもーん。』
等と当人が既に納得づくなので、被害はここでも主に
「ねぇあれどういうこと?!あれ誰?!話が違うわよ!!」
と涙ながらに彼に淡い思いを抱いていた女の子達に詰め寄られる赤毛の親友に集中している…のはさておき。
そんな幸せいっぱい夢いっぱいなハリー・ポッターにも、一つだけ悩みがあった。
そう、彼はご多分に漏れず卒業と同時にハーマイオニーにプロポーズをかます気だったが、
当然のように愛の告白さえおぼつかなかった彼が、上手いプロポーズの方法を知っているはずもない…
ぶっちゃけ、失敗すると後々まで響くので勝負は一発で決めとけ!
というのは何となく本能で分かる、闇との戦いで鍛え抜かれた感覚はそう告げている。
だけれど、こればっかりは彼女にyesと言わせる作戦が思い浮かばない。
誰かに相談した方がいい、多分、こういうのはオリジナリティーが過ぎてもいけないんだよ、
とハリーの野生の勘はそう告げていた。
でも、誰に?
そこでハリーの思考はいつも止まってしまう。
ロンはまず論外だった。
気のいい赤毛の親友は、何があってもハリーの味方、という人種としてはかなり希有な方に入る有徳の温厚な青年だが、
人がいいため顔や態度に内心が出やすい彼に本当のことを喋ったら、まずハーマイオニーに筒抜けだろう。
しかも、まぁ多少…いや本当は結構気にくわないが、彼はある意味ではハリーよりもハーマイオニーと仲がいい。
むしろこの頃では仲が良すぎていつの間にやら第二の妹のようになってしまっているようで、
ここのところハーマイオニーを連れ出そうとするたびにこの義理の兄貴の厳しいチェックが入るのが問題だが。
っていうかその時点で全然バツじゃないか、とハリーはため息を付いて、
プライベートなことでは多分一番頼りにしている相方の顔にバッテンを付けた。
ちなみにパブリックな意味で一番頼りにしている相棒はハーマイオニーだからこれはもうそもそもカウントの外にある。
ハグリッド…が話になるわけないか。もじゃもじゃ髭の森番の顔を思い出し、ハリーはがっくり項垂れる。
気のいい森番がかつて自分の恋に浮かれていた時のことを思い出し、ハリーはため息を付く。
一昔前の吉本の芸人のようなラメのジャケットとでかい蝶ネクタイでプロポーズに行かされるのだけはゴメンだ。
ネビルはハーマイオニーに淡い想いを抱いていたみたいだし、シェーマスにしてもラベンダー経由で彼女にばれるだろう。
ルーピンなら多少なりと戦力になったかもしれ…いや、人狼の彼にまともな恋愛体験なんてあるはずないか。
かなり失礼なことを考えながらハリーは天の両親に向かって祈りを捧げた。
―――おとーさん、僕に「グリフィンドールの妖精」って呼ばれてたらしい(シリウス情報)
おかーさんを卒業と同時にどうやってたらし込む…じゃないゲットしたのかそのコツを教えてください。
無論、天国のブロングスから返答が来るはずもないのだが、
(聞こえていても余りのあざとさに一粒種に伝授する訳にはいかないだろーさ、
ともしジェームズの親友達が聞いていたら漏らすだろう)
ハリーは途方に暮れながらまたもため息を付いた。
しかし。悪魔のささやきというかジェームズ・ポッターの耳打ちというか、
元々余り多くはない友達ファイルが早々に底を尽きだした辺りで、ハリーの脳裏に天の啓示が閃いた。
―――そーだ!居たじゃん、そーゆーのめちゃめちゃ得意そうな奴!!!
かくしてハリー・ポッターは意気揚々と蛇寮に走ることに相成った。
*+*+*+*+*
バッッターーーーーン!とドアが開いたとき、彼は着替えの最中だった。
「ドーラーコーーー!」
「うわっ?!なんだ、ポッター、貴様ノックくらい…。」
「あー、細かいことはこの際いいから大した問題じゃないから今聞いてすぐ聞いて僕の話聞いて。」
「いや、大した問題…。」
「ケツのちーせーこと言ってんじゃねーよドラコ・マルフォイ。女の腐ったのみたいなこと言うなって。
人が真剣に困ってんだからちょっと相談に乗ってってば!!!」
こういう風に言われてしまえばカチコーン!と頭に来た挙げ句についつい親身になって聞いてしまうのが、
「あの」クラップとゴイルを手下に持つ育ちもいいなら案外人もいい純血魔法使いの青年。
聞いてしまうと絶対後悔すると分かっていながらついつい絆されて
「…なんだ。」
と言ってしまったのが運の尽き。
「あのさー、ちょっとこのカタログ見てよカタログ!どの指輪がいいと思う?!」
「…はぁ?」
かくして。
ほぼ一晩かかって女心の掴み方だのエンゲージリングはどんなのがいいかだのの
二割相談八割惚気の「相談」に半ば以上強引に徹夜で付き合わされたドラコ・マルフォイは。
翌日、目の下に真っ黒な隈を作りながら獅子寮テーブルまで踏ん張りダッシュをかまし、
今や凶悪な歩く人間災害と化した魔法界の英雄のお守りをサボっていた怠慢な赤毛の親友の所に
「おいっ!!「アレ」を放置するなんて貴様は一体昨夜何をしていたッッ!!!」
と怒鳴り込む次第となり果てたのだった。
ちなみに、ハリー・ポッターのプロポーズの行方がどうなったのかは、また別の話、別の世界で語られる出来事である。
…が。
ホグワーツ最上級生の半分以上が『頼むからオッケーしてくれ世界の平和のためにハーマイオニー!!』
という説得工作に当たったという噂は、どうもそう事実無根のものでもないようである。