「タップダンスをやれ」
蜘蛛が喋った。
見るからに自分の身長の優に三倍はあるだろう、そんな巨大蜘蛛を前にしても、僕は不思議な程落ち着いていた。
……きっぱり、断ってやる。
「お、お断りです。ご、ごめんなさい……」
幾度も死線を潜り抜けてきた最高の闇祓いであるところの僕だ。
もうこんな醜い下等生物など恐れる訳がない。
……ふ、ふんだ、お、お前なんか、チョコにでもなっちゃえばいいんだ。食べてやらないけれど。
僕は洗練された優美な動作で杖を奴に向ける。
……手がガクガクしているけど、これはたぶん筋肉痛だ。もしくは目の錯覚だ。間違いない!!
僕は淡々と呪文を呟く。
この憐れな蜘蛛がせめて苦しまずに済むよう願いながら。
……てゆーか、お願いだから、効いて下さいよ。
だが、杖から魔法は出ない。
迫り来る巨大蜘蛛。
にたにたと下品に笑い、涎に塗れた牙を剥いている。
僕は慌てて杖を見た。
なんたる無惨。
あろうことか杖は真っ二つに折れているようだった。
スペロテープを張りつけただけの稚拙な補修が哀愁を誘っている。
……ヤバイ、二年の時の杖じゃん!
そう認識した瞬間、あのギルデロイ・ロックハート大先生をも葬ったその伝説の杖は、いつぞやのように魔法を逆噴射させる。
蜘蛛を消し去る筈の魔法が己に向かって放たれる。
視界一杯に広がる閃光。
僕の絶叫はそれに掻き消された。
「うわあぁぁぁあああああああああああああ」
息を荒くして、僕は悪夢から覚めた。
やたらと胸が重く感じるし、汗で髪もまとわり付いている。気持ち悪い。
どんな夢だったか覚えてないけど、よっぽどヒドかったんだろう。
ふと時計を見ると、まだ起きる時間には少し早い。だが、これからまた寝るのは無理だろう。
僕は溜め息をついて何故か重い頭を持ち上げ、洗面所に向かった。
顔を洗おう、そう思って、ふと鏡を覗く。
……ありえないものを認めて、じっと見つめる。
僕は見た。鏡の中に。
寝呆けた感じの、臈たけた女神さまを。
少し大人びた感じの、それでも僅かに残る幼さを纏う白い顔。
薄く差し込む光は、端正に整ったそれを、くっきりと際立たせている。
上品にすらりと形良く通った鼻筋はあくまで小づくりで。
夢見るように見開いた大きな深い瞳は、甘く長い睫毛が縁取る目に印象的だ。
濡れるように瑞々しい唇が艶めかしい紅を讃える。
数刻、動作が停止した。
……お、落ち着け、ここは男子寮だ。
こ、こんな処にこんな綺麗な女の子がいるわけがないんだ。
いたりしちゃあ、たぶん、犯罪なんだ。監禁なんだ。
ほら、見ろよ、その美しいルビーレッドの髪を!!この世のものとは……。
……あれ?
……おい。
……まさかね。
……は、ははは、そ、そうだよ、この女の子が僕のはずは。
そんな馬鹿な!!
嘘でしょ!?ドッキリでしょ!?
ねえ!?
……しかし。
現実逃避の為に、鏡を見ないよう下を向いた僕の視界に飛び込んだのは、慎ましくだが確かに存在を主張するふっくらと盛り上がった胸の膨らみ。
あわ、あわわわ……。
「なんじゃぁぁあこりゃぁぁぁああああああああああ!!!!!!」
早朝のグリフィンドール寮に、僕ことロナルド・ウィーズリーの絶望の叫びが高らかに響き渡ったのだった。
『METAMORPHOSIS 女の子になっちゃった話 前編』
「ちゃんとご説明なさい」
「だから、僕も判らないんです。もう何が何だか。朝起きたら、女の子になっちゃったんです」
僕は必死で、起きてからもう何度目だかも判らない説明を繰り返した。
ここは校長室。早朝。
渋い面のマクゴナガル先生と、眠たそうに僕を見つめるダンブルドア校長先生。校医を務めるマダム・ポンフリー。
それに、なぜだかどうしてだか、親友ハリー・ジェームズ・ポッターが同席している。一応、第一発見者だからということらしい。
「心当たりはないのかのう」
とぼけた面してダンブルドアが聞く。こころなしか、やる気なさそうに見える。
……僕に心当たりなんてあるわけないだろう。何処のどいつになら、朝起きたら女の子になる心当たりがあるんだよ。
「ありません」
「そうか……。仕方ない、残念じゃが、とりあえず、元に戻すかのう」
本当に残念そうに言うダンブルドア。
何が残念だ。訴えてやる!!
そのあまりのお気楽さに、僕は切れそうになる。
……早く戻してよ。お願いだから。
僕の祈りが天に通じたのだろうか。
ガタッ。
音を立てて。
その時、何も言わずにいたハリーが急に立ち上がった。
以心伝心とはこの事か。
さすが、親友。ガツンと言ってやれ!
拳をギュッと握り締め、彼は言った。僕の期待を乗せて。
「待って下さい!!」
そうそう、待って……って、何いいいい!?
「一応は誰がロンをこうしたのか判らないとはいえ、まあ、彼が自分自身でやったのは至極明白。すなわち、ロンは女性になりたかった。いやいや、ロンは決して自分からはそうは言わないでしょう。きっと、認めません。でも、無意識にそう願っていたのです。そうなんです。ええ、親友の僕には判ります」
いや、判ってないから……。
呆れて、ものも言えない僕。
それを尻目に、ハリーは続ける。
「つまり、今、此処で彼の姿を治したとしても、それはいわば、のれんに腕押し、焼け石に水、飛んで火にいる夏の虫。一時的な解決にはなっても、根本の解決にはなりません。また、女の子になるでしょう。ええ、寝ているうちにでも。治すというなら、彼の心の奥に潜む願望を取り除かなくては」
「お、おい、君、でたらめ言……。ぐをおおお」
口を挟もうとした僕の足を思いっきり踏むハリー。
……僕達、親友だよね?
「ロンに時間を与えて下さい。ゆっくり考える時間を。本当に女の子として生きたいのか考える時間を。親友として僕からもお願いします。」
「どう思うかの、お二方は?」
話しを他の先生に振るダンブルドア。心なしか、投げやりに見える。
「そうでしょうとも、一番辛いのは残された友達でしょうとも」
何故かさめざめと涙を流しているマクゴナガル先生。
……えーっと、何か、勘違いしていません?
「私もポッターと同意見です。それにこの術を戻すの面倒臭いですし」
真顔でハリーに賛成するマダム・ポンフリー。
……てゆーか、あんた、今なんつった?
「ならば、暫く様子を見るかの」
……ダンブルドアの眠たそうな一言で僕の命運は決まった。そりゃあもう、あっさりと。僕は泣きたかった。
「なんで、あんなこと言ったのさ、ハリー。酷いよ、酷すぎるよ」
ジト目で睨む僕なんか知らんぷりなハリーに、校長室から出る早々、僕は文句を言って、責め立てた。
この辺り、気持ちの切り替えは凄い、と自分でも思う。
とりあえず、しばらくは女として生きていかねばならない。そんな無理難題も僕は受け入れる事にした。
だてにトラブルメーカー、歩く三面記事、泣く子も黙るハリー・ポッターの親友をやってはいない。
懐が底なしに深くなってしまったことだよ。
いちいち気にしていたら身が持たないし。
分かりやすく言えば、慣れちゃったんだよな、こういうメチャクチャな展開に。
……慣れたくはなかったけどさあ。
「ねえ、手を繋がないか?」
僕の文句なんて、全く聞いちゃいない。まるで聞いちゃいない。
あくまで自己流マイペース男ハリー・ポッター。
この男は、思いつきでモノを言う。
僕は怒ってプンっとそっぽを向く。
さっき踏まれた足は痛いし。気分は極めてよろしくない。
ふんだ、手なんか誰が握ってやるもんか。だいたい何だって、いきなり手なんか。恥ずかしいじゃないか、そんなの。
一体なんなんだよ。こ、困るよ。
「僕達は親友だろ、ロニー?」
僕の顔を覗き込んでハリーはそんな事を言う。
女の子になってからは僕の事をロニーとか呼ぶし。
なんか幼い頃に戻ったみたいだから止めて欲しいんだけど、言えないでいる。
昨日までは僕の方が背は高かったんだけど、もちろん、今は不利だ。女の子になったら縮んでしまったらしい。
なんか、悔しいな。
そして、ハリーを見上げた。
少しだけ見上げるようにして間近で見たハリーは、白い頬を少しだけ桃色に染めて。透き通る水晶のように濁りない翠緑の瞳が僕を映している。
近くで見つめ合ってしまった瞳が、瞬間、ドキリとする。
……あれ?ハリーってば……こんなに、格好、良かった?
「ねえ?駄目かな?」
捨てられた子犬みたいな、無垢な被害者の目で僕を見つめて、とても哀しそうに聞いてくる。まるで悪いのが僕であるかのように。
……そ、そんな風に言われたら、はねつけられないじゃないか。ずるいよ、ハリーは。
いつだって、僕は君を拒めない。
……ああ。な、なんか胸の辺りがドキドキしちゃうんだよなあ。
僕、おかしくなっちゃたのかなあ。
「ふん」
とか言って、おずおずと手を差し出したら、ハリーの手がそっと優しく握ってきた。
白くて、ピアニストといっても通用しそうな程の繊細そうな指先が包み込む。
でもあくまで力強いその感触に、また、ドキリとする。
なんだか顔がかあっと熱くなって。心臓がバクバクと踊り始める。
それで僕は外見だけじゃなく頭までおかしくなっちゃった、という事を認める羽目になった。
ヤバイ、やばいよ。
だって、なんか……このままでもいいかな、とか思っちゃってるんだもん。
なんかハリーがいてくれると嬉しいってゆーか……。
……どうしよう。僕、好きになっちゃったみたいだ。ハリーのこと。
女の子になってから初めてみた、ハリーの瞳はあまりに強烈で。
なんと、僕はその瞳に、一目惚れをしてしまったのだった!
いったん寮に戻った。
その後の授業には出席しないといけない為、仕方なく、それでいてちょっとドキドキしながら、女子用の制服に着替える。
初めてブラジャーとか付けてみる。
変な感じ。
スカートはすうすうしちゃうし。
風邪ひくかもしれないな。
でも、思ったよりはエッチな気分にならないというか。物足りないというか。
もっとすんごいモノかと思っていたのに。
なんだか、拍子抜け。
……はっ!
僕は断じて変態さんじゃないよ。
ち、違うんだ!!ただ、純粋にそう思っただけのことで……。
ただ、後学の為に。知的好奇心をですねえ……。
……。
気を取り直して。
それから、おかしな所はないかと、ハリーに見てもらった。
「とても似合ってる、ロニー」
「ば、馬鹿言うなよ、ハリー」
なぜか顔を真っ赤にしているハリーに促されて、鏡を見たら、自分でも恐ろしく似合っていた。
……ぼ、僕って可愛いじゃん。
いける!
チョウにも勝てる!!
フラーにも勝てる!!
たぶん、天下統一だってできる!!!
「自分で言うのもアレだけど、僕、ヤバくないか?」
「ああ、可愛いと思うよ。でも、言葉遣いは練習した方がいいんじゃないかな」
落ち着いて考える。
……まあ、でも、確かに。ハリーの言う事にも一理あるだろう。
郷に入れば郷に従え、長いものには巻かれろ、毒を喰らわば皿まで。
ここは我慢して女の子に慣れるのも良いと思う。女の子の言葉遣いで喋った方がいいかもしれない。面白そうだし。
……密かに、僕、相当乗り気になっちゃったよ?手加減しないよ?
ああ、でも。
言葉遣いねえ……。
男に戻った時、逆に戻れなくなったりしないのかな、それはとても困るんだけど。ホモみたいじゃん。嫌だな、それは。
「とりあえずハーマイオニーの真似をしてみよう。さあ、僕の名前を呼んでごらん」
「ええ、やだよう、そんなの」
「ちゃんと言え!!早く言え!!」
「シクシク」
「泣いても駄目!!」
「は、ハリィ……」
がばっ!!
抱きっ!!
何故かどうしてか、いきなり抱き締められる僕。
まだ全部言ってないんだけどな……。
え、えーっと、どういう事なのかなあ?もういいの?
「よくやった、ロニー。合格だ。いいよ、それ!!」
「えっ、嬉しいわ」
何か違う気がしたけど、抱き締められたら頭がぽおっとなってよくわからなくなっちゃった。
ハリーに抱き締められたら、なんだか、気持ちが良かったから。
……まあ、いいか。合格だし。
朝、大広間。
早朝にグリフィンドール寮を混乱の渦に巻き込んだ怪情報はTウィルスとなり、恐怖の伝染菌よろしく、もうホグワーツ中に広がっている事は確定だった。
みんな、ゾンビのように群がって来るに違いない。
やっぱり、ただですむはずないじゃん?こんな身なりで。だってさあ、昨日まで男の子だった奴が、女の子だよ?スカートはいてるんだよ?
死刑執行前の囚人の気分ってこんなものかもしれないな。今、僕が感じているこの不安。吐きそうだ。
もちろん覚悟はしていた。
……でも、怖かったから。
入る前、隣を歩くハリーの手を取り、握り締めた。
ハリーは黙って頷いた。
……そして。
僕とハリーが手を繋ぎながら入ると、大革命が起こった。
爆発する空気。さながら天変地異だった。
女の子の視線で見た世界は違うように思えた。何もかもが。
みんなが僕を見ている?
今まで感じた事のない快感が走った。
僕は……、僕はスターなんだ!!
ここにいてもいいんだ!!
「うをおぉぉぉぉぉぉおおお!!!!!!!!!!」
大歓声が巻き起こる。センセーションだ。
とても注目されている、自分。
僕はとてもとても恥ずかしくて。
顔を伏せて、ただハリーの手を強く握る。
そうしたらハリーの手も僕を力づけるように強く握り返してくれた。
それだけで、何か嬉しい。
……ハリーが居てくれれば、安心だったから。
ちらりと、スリザリン寮のテーブルを見た。マルフォイが僕を見て固まっていた。僕があっかんべえをすると、顔を赤くして俯いた。
てっきり、からかわれるかと思ったけれど。へんなの。
注目を集める僕ら。
それとともに、話し掛けるのも躊躇われる僕ら。
最初に声を掛けたのは、やはり親友だった。
「なんで、手を繋いでいるのよ」
少し甲高いその声は、僕の親友にして初恋の君、ハーマイオニー。
輝く栗色の髪を揺らし、小首を傾げて、少し咎めるように問い掛ける。
いつもの乱れ髪はそのままに、青く静脈が透き通りそうなほど白い首筋にかかっている。それはそれで、きまり良くおさまっていて。ほんのりと桃色に潤んだ目許がまだ少女らしさを残していた。
……女の子になって初めて気付いた。ハーマイオニーはとても美貌だ。
もともと可愛らしいとは思っていたけど、それだけじゃなくて。とても綺麗なんだ。
今日から急速に鋭くなった、僕の直感が告げていた。
……この女はきっと、強敵だ、と。恋敵だ、と。
「いや、ロニーがどうしてもって言うからさ」
とんでもないコトを突然言う、ハリー。
僕のせいにされてるし。というか、その通りでした。
恥ずかしくて、ものも言えない僕。
それを尻目に、ハリーは続ける。
「でもさ、可愛いから、言うこと聞いちゃった」
「そ、そうね。確かに、信じられないぐらい可愛いけれど……」
なんだか、つまらなそうに言うハーマイオニー。
その反応に僕はカチンときた。
な、なんだよ、僕だってなあ、好きで女の子になったんじゃないぞ。
もっと、同情したりしない?ふつうは?
ふんだ。
意地悪しちゃうもんね。
……ハリーとイチャイチャしてやる。そんでもって、恋人になってやる!!
僕はハリーの手を強く握った。わざとである。
わんやわんやと周りが騒がしくなる。ハーマイオニーが凄い目で睨む。
な、なんだよ。ハリーは渡さないよ。ぷん。
「ねえ、早く食べようよハリー。お腹空いたわ」
ハーマイオニーを見ないようにして、しれっと言う。
さり気なく練習の成果も発揮する。
「おい、聞いたか今の声」「か、可憐だ……。俺は、天使を見つけちまった……」「嫁に欲しい」「ふん、なによ。あんな娘のどこがいいのよ」周りの雑音がとてもとても激しく五月蠅い。
……。
あのねえ、僕はロナルド・ウィーズリーなんだよ?
そ、そりゃあ見た目は著しく変化したけど……。
頼むから普通にしてくれよ、みんな。
寮を問わず男の視線が集中しているのが判る。女からは反感の嵐だ。
正直、困った。
「あ、あなた達ねえ……」
ハーマイオニーまで、あわわわ、すっごく怒ってるし。
なんだよ、何でそんなに怒ってるのさ。
……なんだよ、もう嫉妬したの?
女の勘は鋭い。
僕は見抜いたね。ハーマイオニーの気持ち。
判る、判るなあ。
……でも、今はライバルだから。あっかんべえ。
「早く席につこう、ロニー。そこ開いてるみたいだし」
助け船を出してくれたのはハリーだった。
そう言ってハリーは、僕と並んで座る。ハーマイオニーは向かいだ。ぷぷっ。
僕は感動していた。
ハリーが助けてくれた!
やっぱり持つべきは親友、ううん、恋人だ!
僕、女の子になっちゃって本当どうしようかと思って、すごく不安だったけど。でもねえ、ハリーがいてくれればなんだかやっていける気がしてきたよ。
……ハリー、好き。大好き。
「ハ、ハリィ。ご、ご飯食べさせてあげても良い?」
「えっ?」
「なっ、なんですって!?」
そうと決まれば、後は攻めて攻めて攻めまくるのみ。攻撃は最大の防御なり。
答えを聞かないで、僕はパンをちぎって、ハリーの口元に運んだ。
ヒヨコよろしくハリーが口を開ける。その中に入れてあげる。
「え、えーっと……、美味しいよ。ありがとう、ロニー」
「どういたしまして」
「うー、うー」
不機嫌そうに口を尖らせているハーマイオニー。
ふふふ、僕は知っているんだ。
本当は君がこうしてあげたいんだろう?
だが、君は意地っ張りだからね。
できないでいるんだ。
君も素直になれれば良かったのにね。
でも、僕も女の子になってしまったからには、負けてあげないよ。
「おい、ウィーズリーが飯食わせてるぜ」「ポッターとできてんのかなぁ」「当たり前だろ、愛の性転換だよ」「私の負けだわ」周りはとてもとても五月蠅かったりするけれど、僕は気にしない。
……なんか、女の子になってから、神経図太くなったんかなぁ。
「あれ?ハーマイオニーどうしたの?食べてないみたいじゃないか」
「うー、うー、うー」
「気にしちゃ駄目だよ、ハリー。ハーマイオニーはね、太ったからダイエットしてるの」
「な、何をデタラメ言ってるのよ、ロン!だいたい、あなたは、さっきから……。何なのよ、その適応能力の高さは!もっと困って見せたらどうなの?」
「お腹空いてるから気が立ってるんだ、気にしないであげて、ハリー」
僕はここぞとばかりに、大人の女性を演じる。
いつもは決着のつかない口喧嘩。でも、今日はなんだか、相手にする気にもならない。
……ふふん、残念だわハーマイオニー、あなたみたいなお子ちゃまとはお話しもできないわね。僕のような大人の女は。
「ダイエットなんかしなくても良いのに。ハーマイオニーはそのままでも十分魅力的だよ」
「えっ?」
「……」
ハリーの一言で僕の余裕は消え去った。
え?とか言いながらも嬉しそうな表情のハーマイオニー。
どす黒い感情が僕の胸に急速に拡散する。これを何と呼べばいいのか、僕は正確に把握していた。
「嫉妬」と書いて「ブチコロス」と読む。
「だ、だからさあ。ハーマイオニーは痩せているから、そんなの必要ないってことだよ。無理したりしないでよ、ね?」
「わ、私はもともとダイエットなんか、してないもん……。ロンが勝手に……」
ハリーの奴。
なんでさらりとそんなフォローができるんだ。
この、女たらし!!女の敵!!
僕だけを見てよ!!!!
ああ、ハーマイオニーをおとしめる作戦が裏目になってしまうじゃないか。
ぐぐぐ。
「じゃあ、どうして……ウグッ……モグモグ」
はい、そこまで。
ハリーの口にパンを押し込み、なんかイイ雰囲気になりそうだった二人を邪魔する。胸に拡がる、むかつく気分が少し楽になった。
ふふふ。そう、これでいい。
「美味しい?」
「……」
「ロン……」
目を白黒させているハリー。
呆気にとられたようにように目を見張るハーマイオニー。
ふふふ、勝負だよ、ハーマイオニー!
これは戦いなんだ!
食うか食われるかのね。
先手必勝!!油断大敵!!
覚悟を決めた僕は二人に向かってこう宣言した。
「私、ハリーが好き」
一気にどよめいた大広間の中で、僕は、不敵に微笑んだ。
確信していた。
これで、三人の親友の距離が変わっていくことを。
……僕が女の子になったその日の朝、こうして、賽は投げられたんだ。
(中編へつづく)