ロンが女の子になってから一週間が過ぎた。
それすなわち、彼女が私の部屋に転がり込んできてから一週間が経ったという意味でもある。
その間にこの騒ぎは徐々にではあるけれど鎮静に向かい、みんなロンが女の子になったことに慣れ始めていた。
何というか、私もふっきれた。
もじもじしていたのは変身後すぐの数日のみで、ロンは平気な顔して全裸で部屋の中を歩くし、私も彼女がいるところで着替えをするようになった。
何故に同部屋なのかと不思議がる人もはじめはかなりいた。
まあ、これには当然、一悶着があった。
ロンは執拗に現状維持つまりハリーと同じ男子寮のままで良いと主張したが、それはさすがに問題だったのでどうしたら良いかと、マクゴナガル先生に相談された私が彼女を引き取る旨を申し出たのだ。
その結果が同部屋であり、そのまま今日に至るわけで。
理由を聞かれても、私は「まあ、友達だしね」と答えるにとどめている。
……アイツをハリーの側に放し飼いにしておくわけにはいかないから。
ぶっちゃけて言えば、私にとってはそれが全てだったりもするんだけど、もちろん、そんなこと言えるわけがない。
マクゴナガル先生は「そうでしょうとも、一番ウィーズリーを心配しているのは残された親友でしょうとも」と仰って、了承して下さった。
何故に先生が泣いていらっしゃたのかは判らない。
まあ、でも、たぶん。先生は私の気持ちなんて知らないんだろうな。
別にロンの心配なんて私はしてないの。
あんな奴の心配なんて誰がするもんか。
ただハリーの身が心配だっただけのことで……。
ロンが何か仕掛けて、ハリーにもしものことがあったらと思うと。
ブルブル。
……とにかく。
ロンの親友止めようか、と真剣に検討していることは秘密だった為、その時、私は先生に曖昧に微笑んだのだった。
それで終わりだった。
たぶん私の顔は微妙に引きつっていたはずだけど、先生は気付かなかったようだった。
というわけで。
私はここ最近、ひたすら自己犠牲の日々を過ごしていたりする。
新しいルームメイトは殺意を覚えるほど、だらしない人物だったから。
「ほら、ロン、朝よ。いいかげんに起きなさい」
なんで私がこいつを起こしてやらなければならないのだろう?
答えはない。
「……ああ、ハリー……駄目よ……」
「なに寝呆けてんのよ!さっさと起きる!」
寝呆けて抱きついてきたロンを私は容赦なくひっぱたいた。
パチン。
彼女の頬に赤いもみじがついた。
ざまあみろ。ぷん!
「いったーい!この暴力女!なにするのよ!あーあ、朝からハーマイオニーを見るなんて。嫌な面を見ちゃったわ。どうせならハリーに優しいキスとかで起こしてもらいたかったよう」
……たぶん、こいつと友達を止めても、誰も私を責めないと思う。
みんな、きっと判ってくれると思う。
「早くしないと。朝食もゆっくり食べられないわよ?」
「せっかくハリーの夢を見てたのに」
「はいはい、そのまま永遠にその夢を見てれば良かったわね」
「……すぐ意地悪言う」
意地悪の一つや二つも言いたくなるわよ!
先程ひっぱたいた頬を手で撫でながら口を尖らせているロンを見ながら、そう私は心の中で毒づく。
瞳を潤ませて私を見ているロン。
彼女は同性の私から見ても、とても綺麗で可愛らしい。
寝呆けまなこをほんのりと紅く染めて、潤んだ瞳。
くにゃっと背中を丸めた姿は、薄ピンクの寝間着を肩から落とさんとばかりにはだけている。そこから覗く首筋は透き通るように白い。
しどけない姿で紅の唇を拗ねたように尖らせているのが可愛らしい。
ルビーレッドの乱れ髪をそのままに、女の子特有の甘酸っぱい香りを漂わせている彼女は確かに扇情的だ。
……こんなのとてもじゃないけどハリーには見せられないわ。
私はイライラした。
理由は判っていた。
嫉妬だ。
馬鹿らしいと自分でも思う。
ロンの容姿に、彼女の容姿に、そんなもの感じるなんて。
……でも羨ましいと思ったのは事実なんだ。その容姿で、なんのてらいもなく、ハリーに甘える彼女が羨ましかったんだ。
私は素直になれない奴だったから、素直に振る舞う彼女が、ただ、眩しかった。
「先、行くわね」
……はあ。
なんだかとってもやるせなくなって、私はロンなんかそのままに、逃げ出すように部屋を出たのだった。
『METAMORPHOSIS 女の子になっちゃった話 中編』
「あれ?ロニーは?」
「あの子はまだ着替えもしてないわよ」
朝食の場で鉢合わせたハリー。
隣の席に座った彼に、いきなりロンの事を聞かれて面白くなかった。
「ふーん、じゃあ、久しぶりにハーマイオニーと二人きりか」
「……」
「なんとか言ってよ」
「……なんとか」
「……」
「……」
潰える言葉。
私はもくもくとパンを食べていた。
目の前のお皿にだけ集中する。
「……なんで怒ってるの?」
「……別に怒ってなんか、ない」
「じゃあ、どうしてこっち見ないの?」
「……」
ハリーと一緒にいる時にロンがいないのは久しぶりで。
といっても、それは一週間なのに。
それが、ずいぶんと久しぶりに感じられたのは、きっと……。
……。
…………。
………………。
我慢してたんだ。
本当はね、ずっと我慢してたんだ。
ロンが、女の子になっちゃって、貴方にベタベタするようになっても。
私には関係ないんだからって。
親友ではあっても、決してハリーの恋人ではない私が、ロンの事を言っちゃいけないんだからって。
嫌だった。
女の子になったロンがハリーに甘えるのを側で見ているのも。
なにより。
やっと、もらった親友の立場を天秤に掛けてまでして、ハリーの気持ちに踏み込めないでいる自分自身が。
我慢してたんだ、私。
でもね、それはきっと、ただ、逃げでしかなくて……。
なんだか、急に切なくなって。
目の前のお皿が急にぼやけて見えた。
鼻がつーんとして、しゅん、て洟をすすり上げた。
「ど、どうしたんだよ」
「……」
今、声を出したら泣きそうになっているのが、ばれてしまいそうで。
私は小さく首を振った。
「ねえ、本当にさ、ここずっと、ちょっと変だよ、ハーマイオニー」
私が少し変になっているんだとしたら……。
理由なんか、そんなの決まってる。
「……ロンのせいだ」
「え?」
そこで初めて私はハリーを見た。
いつもクシャクシャな髪は夜闇を欺く漆黒で。
色白で整った顔にその髪がかかる様は、あいかわらず男のくせに綺麗だ。
翠緑の瞳は濁りなく、ただ真っ直ぐに純粋で。
……そして、私はいつも思い知らされるんだ、ああ私はこの人には釣り合わないって。
「……貴方は何も気付いてはくれないのね」
「……」
彼は虚をつかれたような顔をして私を見ていたが、ふっと傷ついたような表情を見せ、私から目を逸らした。
「そっか……」
「……」
「そっか、ははは、そうだったのか。ごめん、気が付かなかった」
「え?」
「……君は、ロンが好きだったんだね」
「なっ……」
瞬間、絶句した。
私が?ロンが好きだった?
驚いた拍子に、涙がポロリと目から零れた。
それが頬を伝っていく。
「だから、か……。なんだ、僕、期待してたの、馬鹿みたいだ……」
「え?」
「泣いてるよ、ハーマイオニー」
そう言って、彼は私の涙を指ですくった。
その動作に、私の心臓は鷲掴みにされたようにギュッと、切なく。
私は混乱していた。
ハリーが期待していたこと?何なの?
そして、とんでもない誤解。
違う!違うよ!
わ、私が、私が好きなのは……。私が好きなのはさあ……。
動揺する私の視線に、困ったような、それでいてなんだか辛そうな表情で彼は続けた。
「ロンは女の子のままでいい、そう言ったのは僕だ」
「……」
「ロンが女の子になって、僕、嬉しかったんだ。だって、そうすれば、ロンは君に……」
「ハリー!!」
何か大事な事を言ってくれそうだったハリーに見慣れた紅が飛びついた。
ロンだ。彼女が来たのだ。
こうして、私と彼の、ささやかな二人きりは唐突に、中途半端に、終わりを告げる。
そのあまりの仕打ちに……。
……私の中で、何かが壊れた。もう……、駄目だった……。
「何話していたの?」
「……君には関係ないよ、ロニー」
いつもは愛想笑いを浮かべながら、心中で複雑な思いを浮かべながら、それでも耐えていたけど。
ロンがハリーと二人で何していても、一般的な注意以外はしないで、できるだけしないようにして、我慢していたけど。
……ごめん、今は、ちょっと、無理。
「……」
ガタッ。
私は何も言わず何も聞かず、席を立った。
「ちょ、は、ハーマイオニー。まだ、僕……」
「……私、帰る」
私はショックだった。
ハリーが、ロンは女の子のままで良いって、そう言った。
……じゃあ。
じゃあ、ハリーも好きなんじゃないか。ロンのこと。
そうだよねえ、あんなに綺麗になってるんだもんねえ。
ははは、良かったじゃない。
……両想いじゃないか。
「ハーマイオニー……」
「……邪魔者はもう行くから、じゃあ、授業で」
なんとか、絞り出した声。
込み上げる思いが邪魔したけれど、それを何とか押し隠して。
私は精一杯、いつものように振る舞って。
ハリーの方は見ないで、大広間の出口に向かって歩いた。
「バイバーイ」
ロンの言葉が背中から追いかけてきた。
逃げるようにして走り出さないようにするのが、大変だった。
……零れた涙は誰にもばれないように素早く拭った。
「ごめん、ラベンダー。今夜だけで良いから、部屋代わってくれないかな」
「はあ?」
夜。談話室。
一日中、ハリーとロンを避け続けて、今、私は無茶な頼みを数少ない友達にぶつけていた。
「駄目、かなあ?」
「別にいいけどねえ、理由は?」
「ごめん、ちょっと、言えない……」
私はラベンダーの顔から目を逸らした。
「何、もしかして、アイツ、なんかヤバイ癖でもあるの?」
ロンはそのあまりの美貌で、女の子の間では未だに反感が強い。
他寮はもちろん、此処グリフィンドールでもそれがあったりする。
まあ、ラベンダーに限ってそれはないと思ったから、頼もうと思ったんだけど。
「そ、そういうわけじゃないの。」
ラベンダー・ブラウンは笑顔がキュートな女の子で、人好きのする社交的な性格の持ち主だった。気さくな人柄には人気があった。
正直人付き合いが苦手で、同性からの評判があまり良くない私にも、わけへだてなく接してくれる、そんな数少ない人。
あの二人とは別に、気を許せる貴重な同性の友人だった。
「そういう訳じゃあないの。
ロンが悪いとかじゃあなくて、ああ、確かにずぼらなところはちょっと困っているけれど」
「あははは、なに、あの子って結構だらしないのね?」
あまりの言われようにロンが少しだけ気の毒になる。
もちろん、ラベンダーが冗談で言っているのは判っているけど。
「で、でも、ロンはいい子なんだよ。
ちょっと気が利かないけど、ね。すぐハリーにベタベタしたりもするけど。
……。
でも、そうしても彼女はいいんだ……。その資格、あるもの」
庇おうとして、少しだけ本音がこぼれた。
……私、なんでロンを庇っているんだろう?
ああ、でも、確かに彼女が悪いわけじゃない。
たぶん、私がちょっぴり大人になればいいだけなんだ。
朝から一日中、ずっと心の底に押し隠していた想いを少しだけ蘇らせたら、やっぱり少し辛くて。
声が籠もった。
ああ、やっぱり駄目だなあ、私。
自分が思ったよりも駄目な人間だってことは今日だけでもよく判った。
「……ねえ、やっぱり、わけ話してみなさいよ」
私のそれを見逃すほど、ラベンダーは鈍くなかった。
彼女が優しく私の肩に手をかけた時、私は不覚にも少しだけ涙ぐんだ。
……しかし。
今までの一連を話すと、ラベンダーは思いっきり笑い飛ばした。
「あははは、何よそれ、まだ言ってもないのに、何ウジウジしてんのよ」
「だって……」
でもラベンダーは闊達に続ける。
「言われるのを待ってるだけだなんて。
貴女、本当にあのハーマイオニー・グレンジャー?
……ねえ、貴女は本当にハリーが好きなの?」
他人に改めて自分の気持ちを聞かれたのなんか、初めてだった。
今まで、そういう事は聞かれないようにしてきたから。
「ん、たぶん……」
「たぶんって……、自分のことでしょうが!」
ラベンダーのイラついたような声にビクッとする。
私はなんだか叱られたみたいな気持ちになって……。
ポツンと口をついて出た言葉は。
「……彼は好き。もうずっと前から……」
話しだしたら止まらなかった。
込み上げる想いは止まらなかった。
だから、話さないようにしていたのに……。
「……はじめはね、頼りない弟みたいに思ってたんだ、私が面倒見てあげなくちゃってね。
初めて会った時、彼は私より何も知らなくてね。あんなに有名なのに。
態度もおどおどしててね。
びっくりした……、これがあの有名なハリー・ポッターなのかってね。
時には憎たらしくて、ついつい嫌味とかも言っていたけど……」
「……」
「でもね、あの人はやっぱり、とっても勇敢で偉大な魔法使いだった。
それはすぐ判った。
偉大っていうのはね、本の知識なんかじゃなくて……
私なんかとは全然違うんだよ……」
「……」
「一年生のハロウィーンの時。ほら、トロールが侵入した事、あったじゃない。
あの時ね、私、命を救ってもらったの、あの人に。
私、あの時、ロンにね、みんなお前なんか嫌いだ、みたいに言われちゃってね、トイレで泣いてたんだ。
ふふふ、馬鹿な娘でしょう、みんなとっくに避難してたのにねえ。
そんな事知らないでね、泣いてたの。
自分がそういう風に思われているってことぐらい、判ってたんだ。
自業自得だって判ってたのに、泣いてたんだ。
ハリーとロンが来てくれなきゃ、私、きっと死んでたよ……」
「……」
「一年生のあの時点じゃあ、もちろん使える魔法なんかないのに。
それで戦ったりしたら、殺されちゃうのに。
きっと死んじゃうのに。
それでもね、来てくれたの。
他の誰も私のことなんか、気にもとめなかったのに。
……それでもね、彼はね、助けに来てくれたの」
「……」
「なんとか、助かったけど。
それで、結局、グリフィンドールは減点されて。
彼は怒って当然でしょう?
彼だって死にかけたのに。
私が馬鹿なせいで、自分だって先生に叱られたのに。
それなのに……、それなのにねえ……。
彼、笑って言ってくれたんだ。
その後で、謝罪とお礼を言いに行った私に。
僕たちはもう友達だろ?って。
ハーマイオニーが無事で良かったって。
そう、屈託なく笑って、言ってくれたの。
死にかけたって、いうのにねえ……。
私のせい、なのにねえ……。
彼、何事もなかったかのように無邪気に笑って許してくれた……」
「……」
「その笑顔に救われた気がした……。
彼はね、私の命だけじゃなくて、私の心も救ってくれたんだ。
マグル出身ってことを気にして意固地になって、あのまま独りぼっちになるところだった私の心を……」
「……」
「……それから三人は親友になった。
私にとって、初めてできた、大切な友達。
ほら、私ってこういう人間だから、小さい頃から友達とかできなくて。
気が強くて、すぐ意地とか張っちゃうし。
だから、嬉しかったんだぁ……、とっても……。
友達になってくれて、本当にね、嬉しかったよ……」
「……」
「それから、ホント、色々な事があったけど……。
私たち、けっこう上手くいってたと思う。
私はいつしか、ハリーの事が好きだって自覚していたけれど、だからといって、ロンと気まずくなったりとかはしなくて……。
安心してたのかなあ、私。
別にハリーに気持ちを言わなくても、ずっと一緒にいられるんじゃないかってね、勝手に思ってたんだ。
私が下手になにか言って気まずくなったりするよりは、今のままでいいって。
だって、そうでしょう、私なんかじゃ、釣り合わないもの。
好きでもない人に言われても迷惑なだけでしょう。
だから、私、何も言わなかった……。
私、自分の気持ちなんか、言わなかったよ……」
「……」
「だから、ロンがいきなりあんなに綺麗になって、女の子になって、ハリーが好きだって言っても、私は何も言えない。
言う資格、ないよ……。
ハリーにとって、それがいいことなら、私が言えることなんてないんだ」
「……」
「……へへへ、それでなんだろうね。
よく夢見るのよ、最近」
「……夢を?」
「……僕たち友達だろ?ってね、彼は言うの。
あの時の笑顔で。
私はね、本当はそれだけじゃ、厭なんだ。
でも言えなくてね、仕方なくウンって首を縦に振る。
そうしたらね、凄く綺麗なパーティドレスを纏ったロンが出て来てね、彼の腕をとって言うのよ。
じゃあ祝福してよ、友達ならって。
笑いながらそう言うの。
そうよね、友達なら……、そうしてあげなきゃね……。
そこで私はなんだか泣きそうになって。それで終わり。
そこでいつも夢から覚める……」
「……」
「最近、そんな夢ばかり見るんだ……。
ねえ、あそこで私が違うって言えば、なにか変わるのかなあ、
なにか変わったのかなあ……。
おかしいよねえ……。
私たち、友達なのにねえ、違う、だなんて言えるわけないよねえ……」
知らない間に泣いていたらしい。
いつのまにか頬を涙が伝っていて。
口の中に入ったそれは、なんだかとてもしょっぱかった。
「……貴女、ベタぼれなのね。
もう完全に心奪われているよ、それ。
ふふふ、泣く子も黙るグリフィンドールの鬼監督も、ただの女の子だってことか。ロンにお礼を言わなくちゃね、気付かせてくれたんだから」
「ラベンダー!」
私は泣きながらも、恥ずかしくて、照れ隠しに叩く。
それでも、ちっとも応えずに、ラベンダーは続ける。
「なにより傑作なのは、貴女の勘違いね。ハリーがロンを好きってさあ、どうやって思いついたのよ、それ」
「勘違いじゃないよ、彼はロンが好きだって」
「そんなこと!ねえ、ちゃんと聞いたの?ハリーに?」
「……ロンは女の子のままがいいって」
「それだけでしょう?」
「だって、それだけで十分じゃない!」
「……どうして、そうなるかねえ。私は違うと思うよ、たぶんね。
だって、ハリーはさ、まあハリーも、と言うべきかもしれないけど、けっこう見え透いてるでしょう。根が素直だからねえ。あははは、彼がロンを好きな訳ないじゃない。いくら綺麗になったって……」
「え?」
ハリーはロンが好きなんじゃないの?
じゃあ、誰が……。
「ねえ、いつ聞いたのよ、それ」
「……朝。食事中」
「ああ、珍しく二人で食べてた時ね。
それで、今日一日中、連中を避けてた、と」
「……」
「そうなんでしょう?そのせいでしょう?」
「判った?やっぱり……」
「バレバレだからねえ、貴女、そういうのって出来ない人だから」
「ううっ」
「それはともかく、その朝の時、彼の話さぁ、まだ途中だったんじゃないの?私は遠くから見ただけだから、よく判らないけど。
あの赤毛に話の腰を折られてなかった?」
言われて思い出した。
……そういえば、そうかもしれない。
あの時、ハリーは何か大事なことを……。
「やっぱりねえ、そんなところでしょうよ……」
「どうしよう!ねえ、ラベンダー、どうしよう!私ったら……」
慌てふためく私を見て、ラベンダーは少し意地悪な笑顔で言った。
「まあ、手っ取り早い方法としては、あそこのドアの後ろにいるハリー・ポッターに聞いてみるっていうのがあるけどね」
「なっ!」
談話室の入り口、隠れているつもりなんだろうか。
隠しきれていないその黒髪は。
……ああ、私が見間違えるはずがないじゃないか。
ハリーだった。
私の親友にして、好きな人。
「どういう事よ!ねえ、聞かれた?今のずっと、聞かれたの?」
「ああ、聞かれてはないと思うよ。一応、『盗み聞き禁止の呪文』をかけといたからね」
「よかった……」
私は胸をなで下ろした。
それから、泣いていた事を思い出して、急いで顔を拭った。
もう安心だ。聞かれてないなら、助かった。
……でも、ちっとも根本の問題は解決していなかった。
「ねえ、ちょっといいかなあ……」
私とラベンダーの話が終わったとでも、思ったのだろうか。
ハリー・ポッターその人が声を掛けてきたのだ。
「ええ、構わないわよ。話も終わったところだしね」
「ちょっ、ラベンダー!!」
「ハーマイオニー、素直になりなよ。さっきみたいに。そうすれば、きっと、上手くいくよ。上手くいったら、ご褒美に……。そうね、部屋代わってあげるから」
「なっ!!」
「自信を持ちなさいよ、ハーマイオニー・グレンジャー!
貴女、綺麗だよ?ちっとも、判ってないみたいだけど。まあ、そこがいいところかな、ねえ、ミスター・ポッター?」
「うん。まあ、話しの流れが判らないけれど、ハーマイオニーが綺麗だという事には賛成かな」
「ねえ、こら、ちょっと!!」
「グッドラック、ハーマイオニー!」
私は慌てて止めようとしたけれど。
そう言って、ラベンダーは女子寮へと行ってしまった。
私は、今、最も一緒にいたくない人と、残された。
「……ハーマイオニー、話がある」
真剣なハリーの声。
怖かった。それが今はとても怖かった。
「ごめん、私……」
「聞いてよ!!お願いだから!!」
「ハリー……」
「君に誤解されたままは嫌なんだよ。なんか、朝からずっと避けられたままで……。口も聞いてもらえなかったし……」
「……」
私は気まずくって、項垂れる。
彼は自嘲気味に笑った。
「でも、誤解を解いたところでどうしようもないんだけどね……」
「え?」
「ロンが女の子なら、君との事でライバルが減るって思ったんだ。
だから、期待してたんだ。あははは、馬鹿みたいだよね。
最初からもう、僕、負けてたのにね……」
「ええ?」
……今、この人はなんて言った?
「心配しないでいいよ、僕がロンを元に戻すよう先生に頼んでくるから。絶対、男に戻すから、さ……」
そして、私は、唐突に理解した。
怖がらないで目を開ければ、其処に出口はあったのに。
「僕は、本当は、僕はさあ……」
ああ、この人は……。
馬鹿ねえ、誤解してるのは貴方も一緒じゃない。
「……貴方ちっとも判ってないわ」
「……」
「……全然、判ってない」
ラベンダーの言う通りだ。
必要なのは、ほんの少しの勇気と素直な気持ち。
……女の子になっちゃえば良かったのよ。
親友に拘っていたのは誰あろう私自身だった。
「私が好きなのは貴方。欲しかったのは貴方だけなんだから……」
そう言って、腕を彼の首に巻き付けて。
戸惑う彼にそっと口付けた。
驚き、身じろぐ彼を、だけど、もう離さない。
「ハリー……。貴方、馬鹿よ」
でも、一番馬鹿なのは、たぶん、私。
……こうして、私は親友から女の子になって。反撃を開始する事にしたのだった。
(後編へつづく)