『METAMORPHOSIS 女の子になっちゃった話 後編』












ロンが女の子になってから二週間が経過した。
それすなわち、僕とハーマイオニーが想いを伝え合ってから一週間が経過したという意味でもある。

両想いだという事が判明したならば、人生ウハウハを唱えてそのままハッピーエンドだろう、と多くの者はそう考えるに違いない。
実際、ハーマイオニーに突然キスされた時に僕も感じたね、その瞬間の恍惚と幸せな未来への予感を。

ああ、父さん、母さん、安心して下さい。
僕、幸せになります。絶対幸せになります。
そう心に誓いもした。


……しかし。

一週間が経ち、もうとっくに愛の愛の日々を過ごし始めていてもおかしくはない僕とハーマイオニーの二人なのに、そういう事を重ねる機会は今までのところ、ほとんどなかった。
というか皆無だった。


はっきり、ロンのせいである。

話は一週間前に遡る。



一週間前のあの時、両想いであった事を確認しあった僕達が談話室で情熱的なキスを交わしていたあの時に、視界の端を紅が過ぎったかと思うと突然出現したその紅い疾風が僕達の間に飛び込んだ。

吹っ飛ばされた僕達の間に立ちはだかったのはロナルド・ウィーズリー(♀)。

両の目に涙を溜めて、ハーマイオニーに掴み掛かった。


「こんのおお、泥棒猫めえええ!」

「きゃあああ!」

慌てて二人を引き離そうとした僕に気付くと、ロンは必死に僕にしがみついてきて。そして泣きながら叫んだ。


「嘘でしょう?嘘よねえ、ハリー!」


彼女のもの凄い剣幕に、さすがの僕も瞬間たじろがざるを得なかった。


「え、えーっと、嘘って何が?」

「この泥棒猫の事よ!売女の事よ!緋色のおべべの事よ!」


ロンがビシッと指差した先には、口を大きく開けて呆気にとられた表情のハーマイオニー。僕が見ている事に気付くと、健気にも態勢を建て直し、ロンに詰め寄った。


「ちょっと!貴女いまなんて言った!?」

「売女って言ったのよ!
私がいないのをいいことに、ハリーに何してくれるのよ!
私だって……、私だってまだキスしてもらった事ないのに!!」


女の子になってから、性格が別人になってしまったロン。
いつも言い負かされていたハーマイオニーをも圧倒する迫力を全身にたぎらせていた。


「貴女になんかハリーがキスする訳ないでしょうが!
ハリーはねえ、私の事が好きだって言ってくれたんだから!
ずっと好きだったって言ってくれたんだから!!
そうだよね、ハリー?」


強気にロンに言い返しながらも僕を見る目はどことなく不安そうなハーマイオニー。彼女が不安でいるのはよく判っていた。


僕だってまだ信じきれないでいるもの__二人が両想いだったなんて__。



……だけど、この気持ちはきっと嘘じゃないから。



彼女の手を握り、僕は言った。
彼女の不安を払う為に。


なにより、自分の想いを確認する為に。


「うん、僕は君が好きだ、ハーマイオニー。大好きだ」


途端に、ロンが顔を真っ青にして叫ぶ。


「嘘だあー!!嘘に決まってるー!!
むりやり言わされているんだわ!
ハーマイオニー!貴女、ハリーに何したのよ!?
服従の呪文?愛の妙薬?
どちらにしろ、大罪だわ!!アズカバンにでも何処にでも行っちゃえ!!」

「そ、そんな事してないわよ!私は絶対にそんな事しないもん!!」

「嘘おっしゃい、この売女め!!最低ね!!
お前みたいな蜘蛛女の側にハリーを置いとけないわ!!」


もの凄い勢いで怒鳴り合う女性が二人。
はっきり言って、恐かった。

この騒ぎに気付いて談話室に一番に入ってきたラベンダーによって止められるまで、男の僕はおろおろするばかりで。
怒れる二人を懸命に宥めるラベンダーを見ているしかなかった。

情けないかもしれないけれど、事実だった。


「私は絶対に認めないからね!
ハリーはすぐに私の方が良いって事に気付くんだから!
私にはハリーしかいないんだから!」


そう泣きながら叫ぶロンにラベンダーが「あんた、この前、マルフォイに告白されたって喜んでなかった?マルフォイはどうなのよ?」とつっこんでいたのが印象的だった。

ようやく争いが終わった頃には、グリフィンドールの生徒でこの極大三角関係を知らないものはいなかった。





……それから、ロンの執拗な妨害工作が展開されて一週間になる。



ロンは僕とハーマイオニーにとってそれでも一番の親友だから、思いっきり排除するわけにもいかず、その扱いにも正直困った。

妨害といっても、双子のようになにかとんでもない悪戯を仕掛けるとかではなくて、ただ僕の側を片時も離れようとしないだけ。
朝起きて男子寮を出てから夜寝る為に男子寮に帰るまで張り付いている。

被害は、そのお陰でハーマイオニーと二人きりになる機会が消滅したということ。
二人きりになれなければ恥ずかしがって何もできない僕達だから、ロンのこの仕打ちはある意味とても効果的だった。

ロン曰く「この前は私がちょっと目を離したのが失敗だったわ。もう片時も離れないから」とのこと。
まさにストーカー以外の何者でもないこの発言には、さすがにうんざりした。

もう、勘弁してくれよ。
蜘蛛女はどっちだよ。

と、そう思いつつも、一方で女の子になった美人さんのロンにひっつかれているのも悪くないなあとか、ハーマイオニーにばれたら殺されそうなことを思う僕でした。









『METAMORPHOSIS 女の子になっちゃった話 後編』








そういう訳で今日もまた微妙な位置関係を保ったままの一日になりそうだった。

朝、グリフィンドール寮にて。


「ハリー、おっはよー」


談話室に入ると、見慣れた紅が飛び付いてくる。ウィーズリー嬢である。もはや見慣れた光景にでもなってしまっているのか、同僚生のみんなは驚きもしない。なんというか、非常に冷たい視線を向けてくるだけである。


「おはよう、ハーマイオニー」


とりあえずロンは無視してハーマイオニーに挨拶する僕。
一番はハーマイオニー。この順番を替えるつもりはない。

端正で清潔な顔に僅かに憂いを浮かべて、長いフワフワの髪は朝の陽光にキラキラと金色に輝いている――

ハーマイオニー・グレンジャーは、今日もとても綺麗だった。



「あらあら、朝から美女をはべらせていいご身分ね、ハリー」


日に日に毒を増していくハーマイオニーの答えに僕は泣きそうになる。口を尖らしてそっぽを向いて、朝一番がこれだからね。


「そんな事言われてもさあ……」

「ふん、貴方が鼻の下をのばしてるからいけないんだ。
だから、この赤毛が調子に乗るのよ」


そうして、思いっきりあっかんべーをし合っている二人。ハーマイオニーとロン。
談話室のど真ん中で僕を挟んでそういう事をするのは、お願いだから止めてください。

ホント、これでこの二人が同室だというんだから驚きだ。
聞くところによると、僕がいないところ(つまり女子寮)では親友として上手くやっているというから凄い。

ウィーズリー家はなんであんなに貧乏なのか(アーサーは魔法省の高官だしビルもチャーリーもパーシーも働いているのに)、というのと並んで魔法世界七不思議の一つに僕は認定している。






「だいたいロンはねえ、女の子としての嗜みってモノが欠けてるのよ!!」

「貴女みたいなガリ勉女に言われるとは思いませんでしたよ!!」


あっかんべえがいつの間にかエスカレートして、ふと気が付けば既に怒鳴り合っている二人。

……なんていうか、そのエネルギーには敬服してしまうよ。朝っぱらから勘弁してよ、本当に。


いつまでもラベンダーに頼るわけにもいかない。
そういう訳で、僕は最近この二人を止める術をなんとか編み出すに至っていた。



怒鳴り合っている二人の隙をじっと窺う。

窺う。

窺う。



今だ!!



息継ぎの為に会話が途切れる僅かの時間、その隙をついてハーマイオニーの頬に素早くキスを―――

チュッ。




「「なっ」」



顔を真っ赤にして全ての動作を停止するハーマイオニー。
名残惜しいけれど、すぐにそのままロンの頬にもキスをする。

ロンが元は男の子だったことはこの際、考えないようにする。


チュッ。



「ほらほら、いい加減にしてくれよ。みんな見てるからね。朝っぱらから止めようね」


すかさず僕に言われ、渋々引き下がる二人。
顔を真っ赤にして、頬に手を当てている。

ハーマイオニーだけだと、ロンが暴れるからね。
だけど、この順番は譲れない。一番はハーマイオニー。

ようやく美しい二人の醜い争いを止めさせて、僕は溜め息をついて朝食に向かうことにした。








長い長い廊下を歩く。


右にロン、左にハーマイオニーというのは一年生からの見慣れた三人の光景だけど、渦巻く殺気がもう昔のようにはなれそうにないという事を教えている。

男子は皆羨ましそうな視線を向けてくるが、だったら代わってくれよこの野郎、という感じである。


「そういえばさあ、マルフォイに告白されたって本当なの、ロニー?」

「え、それってもしかして嫉妬かなあ。嬉しいなあ。ちょっと感激」


いや、ただふっと思い出しただけなんですけどね。

でも、嬉しそうに微笑んでいるロンには言えなかった。


「そんなわけないでしょうが!!
なんでアイツと付き合わなかったのか、その理由を聞きたいのよ、ハリーは。ロンがアイツと付き合っていれば、全て丸く納まったものを」


僕の気持ちを代弁してくれるハーマイオニー。
以心伝心とはこの事か。

なんて可愛いんだ。ああ、ハグハグしたい。

けど、できない。


「そんなの、ハリーが好きだからに決まってるじゃん。
ハリーが私を裏切ったら、ハリーを殺してハリーの相手を殺して私も死ぬつもりだから」

さらりととんでもない事を口走るロン。

本気かよ。
勘弁してよ。

助けを求めるようにハーマイオニーを見ると、彼女も顔を真っ赤にして、泣きそうになっている。

そりゃあ、殺されるのは嫌だろう。
僕だって包丁持ったロンに刺されたりするのは嫌だもの。想像するだけで嫌だ。


「でも、僕はハーマイオニーが好きかなあって……」


それでも一応、僕の本心をそれとなく言ってみる。
ハーマイオニーへの誠意として。

……恋人らしいことが何もしてあげられない今、せめて想いだけでも。


「いや、それは気のせいだから」


間髪入れずにロンが、きっぱりはっきりくっきり遮る。


「気のせいじゃないわよ!!
ハリーは私のことが好きなんだもん!!」

「それは貴女の勘違い。夢と現実の違いが判らないのね、ああ可哀相に。白昼夢?」


怒鳴るハーマイオニーに、しれっと応えるロンの毒舌。

頼むから、僕が誰を好きかとか大声で喚くのは止めてください。
挑発も止めて下さい。


「もう大広間に着いたからね、喧嘩は止めようね」


殴りかかろうとするハーマイオニー(前にマルフォイをぶん殴ってから味をしめたらしい)と、にたにた笑うロン(昔からハーマイオニーをからかうのが好き)の間に身体を割り込む僕。


「ちょっと、ハリー、この馬鹿女をひっぱたくんだから邪魔しないで!」

「まあ、ハリー、私を護ってくれるの? キャ、感激!」

「君達ねえ……」

「こいつを殴ってギャフンと言わせてやるんだから!」

「ハーマイオニーなんかにやられる私じゃないわよ!」

「暴力はよくないよ、ハーマイオニー。いくらロニーにでもね」

「ううっ」

「やーいやーい!」

「ロニーも反省するんだよ。君ねえ、女の子になってからは言い方がキツ過ぎるよ。調子に乗っちゃ駄目だよ」

「……はい」


なんとか争いを収めた時には、朝食の時間はもうほとんど残されていなかった。

怒鳴り合いで時間潰し過ぎなのよね、この人達。

……泣きたいよ、ほんと。朝飯ぐらいゆっくり食わせてくれよ。









「モテモテだな、ポッター」

「……お陰さまで」


魔法薬学の授業。
スリザリンと合同のこの授業でも、やっぱり両隣はロンとハーマイオニーなわけで。
だとしたら、のっけから嫌味をたらたら言われるのはもはや魔法界の常識なわけさ。


「崇高なる魔法薬学を浮ついた気分で扱ってもらっては困るのだよ、ポッター君。罰として、グリフィンドール五点減点!」


……毎度のことながら無茶言うなあ、このおっさん。理不尽過ぎるよ、それは。

あほ言うな!ふざけんな!

さすがに頭にきたので、文句を言おうとした僕の横で、紅い風が舞った。

ロンだった。


「冗談じゃないわよ!ハリーが何したっていうのよ!
浮ついてるのは先生の方じゃない!
ちらちらちらちら、こっちを見てきて!
それってセクハラじゃないの!このセクハラ教師!
ダンブルドア先生に言いつけるわよ!」


……。

…………。

………………。


僕の怒りなんか軽くぶっ飛んだ。


……ロン、いくらなんでも、君の性格は変わりすぎじゃないかなあ、あは、あははは。



「今の減点を取り消して下さい!
じゃないと私、スネイプ先生をセクハラで告発しますから!
私は本気ですから!」

「なっ、なんだと……」



絶句するスネイプ。

そりゃそうだろう、こんな形で生徒に反論されるのは初めてだろう。

確かにスネイプは顔からして若干セクハラ気味だけど……、こんな事を面と向かって言えた者が今までいただろうか、いやいない。

ざわめく教室。
スネイプのこめかみの血管が青く太く浮かび上がり、ピクピクと脈打っている。



「ぼ、僕もスリザリン監督生として告発する!」


突然、顔を真っ赤にしたマルフォイが立ち上がってそう叫んだ。

いや、お前、いくらロンにベタボレだからって自分の寮の寮監を裏切るのはまずいだろ。それはまずいよ。


「そ、そうだ!減点を撤回しろ!」「セクハラ教師め!」「あんたの減点はいつもいつでも理不尽なんだよ!ふざけんな!」「てゆーか、とにかく、きもいんだよ!」「我がスリザリンの面汚しだ!」「ロニーたんをいじめるな!恥を知れ!!」
ロンの男子における人気は凄まじかった。

マルフォイに続いて、寮を問わず男性諸氏が立ち上がって叫び出した。

グリフィンドールもスリザリンもいつもの不仲が嘘のように、心を一つにしていた。がしっと肩を組み合う男達。



隣を見たら、ハーマイオニーは既に頭を抱え込んで、規則がどうだとかグリフィンドールがどうだとか退学がどうだとかブツブツ言っていた。

現実逃避したいけど、やっぱり真面目だからそれができないでいるらしい。



……判る、判るなあ、君の気持ち。僕達だけでもマトモでいようよ。



「さあ、どうするの?スネイプ先生?」


ビシッと指を突き付けて、声高らかにスネイプに迫るロン。

赤髪を翻し、杖高く掲げたその姿はまさに陣頭に先立つ、戦いの女神。
美しく誇り高い勝利の美神。



「……ぐぬぬ」


追いつめられた魔王みたいな声を出して唸るスネイプ。
とても似合っている。


「このままだと、貴方はセクハラ教師という事になりますよ。
ご両親もさぞお嘆きになるでしょう。お袋さんも泣いていますよ?
それでも良いのですか?」


凄い説得の仕方だと思う。
どこかの刑事さんみたいだ。
マグルのドラマに出てくるような。しかも古い年代のに。



「……判った、撤回する。今の減点は無しだ」



普段からして青白い顔を更に青ざめて、心底悔しそうにスネイプがそう言えば、「やったあああああ!!!」と爆発する歓声。

教室中を巻き込んだ熱気の渦の中心に佇むは我らが女神は、その自慢の赤毛を手で軽く梳いて、にっこりと笑っている。

わんやわんやの大歓声の中でもはや授業どころではないスネイプは昔の厭な記憶でも思い出したのか、黒板の隅でいじけてしまっている。


「いいんだ、いいんだ……。どうせ我輩はこういう役なんだ……」


「正義は勝つのよ!!」


ロンが声高らかに勝利宣言をする。


「ウィーズリー!ウィーズリー!」


ウィーズリーコールが巻き起こる中、バチっとウインク一つ寄越したロンを見て、僕は思った。



……これはハーマイオニーには荷が勝ちすぎる相手だな、と。




隣を見ると、ハーマイオニーも僕を見ていた。
不安に思ったのだろうか、瞳が心配そうに潤んでいた。

僕がロンに靡くとでも思っているのかな、君は……。

ロンに見えない位置で、そっと手を繋ぐ。

ハーマイオニーが切なそうに眉をひそめて、そして、力強く僕の手を握りかえしてきた。

ぎゅっと。
彼女の想いが繋がれた手から伝わってくるようで。



それを見て、僕は決意する。

まだまだ興奮さめやまぬ教室。
男子諸君には悪いけれど。



……ロンには、男に戻ってもらおう!
















「ロニーは男の子に戻るべきだと思います!!元々、男なんですから」

「しかしのう、女の子のままでいいと言ったのは君じゃなかったかのう、ハリー。しかも女の子になったウィーズリーは可愛いではないか。いやあ、眼福じゃのう」


授業が終わった夕刻。嫌がるロンを連れ訪れた校長室。

……本当に教育者なんだろうか、この人。ただ、面白がっているだけじゃないの?

ダンブルドアは相変わらず飄々としていて、何を考えているのかよく判らなかった。
それでも、長く蓄えられた髭と髪は、あくまで白く―――
この人の重ねてきた年を伝える。



「でも……」

「何か問題でもあるのかのう?」


問題は山積みだよ!
そう心の中で吐き捨てる。


「そもそも、ロンはどう考えておるのじゃな?」

「私は、女の子のままが良いです」

「……そうじゃろうな。でなければ、魔法をかけるはずがないからのう」

「は?」

「どういう意味です?」

「己の身体を変えるというのはいずれにせよ魔法の領域じゃ。
杖を使うにしても魔法薬を使うにしても、或いは自分の意志だけで変えることが出来る者もいることはいるが……、だがそれは魔法であって決して自然に任せて起こることではないのじゃ。
特に性別の転換なんてことはのう。
確かに、子供の頃は女の子だったのに成人した頃には男になっていたという意味での転換はあり得るし、最近はマグルの間で性転換手術という業が存在することはするが、今回のような一夜にしての変化は魔法以外にはあり得ないのじゃよ」

「ということは……」

「ハリー、君が以前主張したことは半分正解であり半分ハズレということじゃな。この件にはなにやら裏があるようじゃ」

「なんなんですか、それは?」


聞いた僕を無視して、鋭い視線をロンに向けるダンブルドア。ロンはきょとんとして、怪訝な表情を浮かべている。


「友達想いは結構じゃが……、いかんせん魔法の研鑽が足りてなかったようじゃな。少々やりすぎじゃ」

「「は?」」


ロンを見据えて、意味深に微笑むダンブルドア。眼鏡の奥の瞳はキラキラと悪戯な光を放っている。

学園内の全てを知るこの老人は、ロンの何を知るのか?

ただ一つ確かなのは、それを僕には教えてくれそうにないということだけだった。


「今はお帰り、二人とも。
なーに、女の子であろうが男の子であろうが大したことではない。
ロン、君は思い出してから、またおいで。
どうするかはその時に決めましょうぞ」















「なんで、ダンブルドアは邪魔をするのよ!!」

「邪魔じゃないわ、彼は私とハリーが結ばれることを心から祈っていらっしゃるのよ」


先程の校長室での一件をハーマイオニーに話したら、夜の談話室にハーマイオニーの怒りの声が響いた。

またやってるよ、とでも言いたげな視線が向けられる。

でも、もう気にしちゃいないけどね。


「ダンブルドアは何を言いたかったのだろう……。そもそもロニーはなんで女の子になったんだ?まさか、本当に女の子になりたいと思っていたはずがないしね」


先程からずっと考えていたことを僕は口にした。


「そうよ、貴女が女の子にならなければ良かったのよ!どうしてよ?」

「私だって判らないわよ、そんなの!」

「でも、ダンブルドアは君がその理由を知っているという風に言っていた」

「……」

「……」

「……」


沈黙が張り詰める。
ハーマイオニーが胡散臭そうな目でロンを見ているし、ロンはロンで本当に心当たりがないという表情をしている。

ロン、君は本当に理由を知らないのか?





「その理由はね、貴方にあるのよ、ハリー・ポッター」




「え?」


沈黙を破ったのは、ハーマイオニーでもロンでも、そして僕でもなく。
いつの間にか、僕の背後に佇んでいた―――ラベンダー・ブラウン。


不敵に笑って僕を見ていた。





「そもそもねえ、貴方が眠たい事しているからいけないのよ」

「どういう事さ」

「あら、答えはもう貴方の心の中にあるのではなくて?」


トレローニーそっくりの芝居がかった調子でそう言い、曖昧な微笑みを浮かべるラベンダー。
別に君は嫌いじゃないけど、その言い方はむかつく。


「なんだよ、それ。君に何が判るっていうんだ?」

「私も一応、当事者だからね。親友の為に一肌脱ぎましたから」

「ええっ、どういう事なのよ、ラベンダー?」


慌ててハーマイオニーが聞くけれど、ラベンダーは意味深に微笑むばかりでそれには答えず……。


「ハーマイオニーはもう決めたわ。でも、貴方はどうなのかしらね、ハリー?ロンはね、それが心配だったのよ。忘れてるみたいだけど」

「私が何を忘れてるって?」


途端に反応を示すロンには目もくれずラベンダーは僕を見据える。
ラベンダーを睨み返した僕の脳裏を様々なものが過ぎる。

女の子になったロン。
ダンブルドアの言葉。

そして、今のやりとり。














……判ったよ。




今、やっとね。








僕は若干のきまり悪さを覚えて、視線を逸らした。


「判ったみたいね、ミスター・ポッター」

「充分に態度で示しているつもりだったんだけどね」

「それだけじゃあ、不十分だったでしょう。少なくともお姫様には伝わっていなかったし。それに……」

「言い寄られて嬉しがっているうちは駄目なんじゃないかってこと?」

「そうね」

「はん、そう見せてただけさ。ロニーは親友だからね、あまり、そういうことは出来なかっただけだよ」

「本当かしらね? 
でも、その親友が今まさに貴方の為に一肌脱いであげているのよ?」





……ああ、だからロンは女の子になったんだ。





「やるべき事は……」

「ああ、判ってるよ、ラベンダー。それが君達二人の望みだったわけだろ?良い友達に恵まれたのかな、僕は」


「さすがは、ハリー・ポッターだわね。そこまでお見通しか」

「さっき、自分で犯行声明を出したじゃん」

「あらあら、これはやられたわね」



どこまで本気でどこまで冗談か判らない口調で言うラベンダー。

いつもは鋭いハーマイオニーも、いつも鈍いロンも、僕とラベンダーの会話についてこれずにポカンと口を開けている。


「最後に一つ。なんで教えてくれたの?」

「お姫様の我慢は一週間がいいところだから。この前もそうだったでしょう?」


なるほどね、確かにロンが変身して一週間でハーマイオニーは一杯一杯だったらしい。限界だったらしい。

だから、今回も……という訳か。




「そんな素振り見せてくれないんだもん、ずるいよ」



ハーマイオニーを見てそう言う僕。何も知らない彼女は怪訝な表情だ。


「それでも貴方は気が付きなさいよ!今日あたり、ちょっと変じゃなかった?」


そういえば、魔法薬学の授業中、僕の差し出した手をずっと握り締めていたっけ……。

凄く強い力だったから、不思議に思ったけど。
跡が残っちゃうくらいそれは強くて。

もしかしたら、彼女はやっぱり不安だったのかもしれない。
ずっと、不安だったのかもしれない。

ずっとずっと、我慢していたのかもしれない……。





「やっぱりねえ、そんなことだと思った。まあ、そうやって言われれば、気付くうちはぎりぎり許せるかしらね」

「でもさあ、アレで気付けって言われてもねえ……」

「女の子は繊細なのよ」

「……」


ハーマイオニーをちらっと見ると、彼女は話が良く判らないのだろう、きょとんとして不思議そうに僕を見ている。

ロンの方をちらっと見ると、彼女は怒っているのだろう、もの凄い目で僕を見ている。


「頑張ってね、彼女を泣かしたらただじゃおかないから」

「言われなくても、いつまでもこのままにするつもりはないさ」

「グッドラック、ハリー」


そう言って、立ち去るラベンダー。
気が付けば、談話室にはもう僕達三人以外は誰もいなくて。


……まるで舞台がそこに用意されたかのようだった。







「で、あの女と何について話していたの?」


ロンの口調は憎々しさが如実に表れていた。

……コレが演技だというなら、大したものだけど。


「君のことだよ、ロン」

「私の?」

「なんでラベンダーがロンのことを?」


口々に疑問をあげる二人。

でも、今、僕が言わなければならない言葉は―――――――。








「僕が好きなのはハーマイオニーだ。ハーマイオニーだけだ」








きっぱりと、はっきりと、僕は告げた。

僕がぐずぐずしてはっきりしなかったのがいけなかったのだから。



ロンはそれを見抜いていたんだ―――




「まだ、そんなことを……」

「ハリー……」


「ロン、君がこんなことをしなくても―――」




「―――嘘だ!嘘だ!!嘘だあああ!!!
何で!?どうして!?
私は……、私はこんなにも貴方が愛してるのに……」


「ロン」

「愛してるのよ、誰よりも!!!」

「ロン」

「その気持ちはハーマイオニーにだって負けないよ!!!愛してるんだから!!!」

「ロンそれは違う」

「どうしてよ、何が違うのよ!!!」







「―――愛は築くものだから。だから、君のは……、愛じゃないよ」







「なっ」

「想いは、向き合ってこそ……、初めて意味を為す」



伸ばした手はハーマイオニーの手に重ねた。



「好きだよ、誰よりも。でもそれだけじゃ、駄目だったね、ハーマイオニー」

「ハリー……」


「君に愛してるって、言いたいんだ。だから、僕は―――」


ハーマイオニーの手を引っ張り、その華奢な身体を腕の中に押さえて―――




「……もう、君しか見ないよ」


困惑して身体を強張らせる彼女の耳元に、そう囁いた。

途端に耳まで真っ赤にした彼女がどうしようもなく愛しかった。











「うわーん!!!!」


突然、ロンが叫ぶように泣き始めた。
声を張り上げ、何かを突き抜けるような激しい泣き方だった。

……とても、演技だとは思えない。


「ロン……」


信じられない程、大粒の涙が次から次へと溢れ出て。眉を寄せて。
もうロンの目は兎のように真っ赤だった。
その紅蓮の髪とおなじように。

……とても、演技だとは思えない。


「ロン、ありがとう……」

「え?」


涙が絡んで、消え入るような声でロンは聞いてきた。




「だって、君は発破をかけてくれたんだろう?」



「……」

「……」



眉をギュッと寄せて、長い睫毛は涙に濡れ―――

それでも、ロンは上目遣いに僕を睨んでいた。その眼から大粒の涙が溢れることさえ、気にせずに。

噛み締めた唇は小刻みに震えていた。





「そんなの……、そんなの知らないよ!!!」





そう言って、パッと駆け出すロン。
談話室のドアを壊すように開け放ち、僕の方をちらっと見て、そしてそのドアを音を立てて閉める。


……とても演技のようには見えないけれど、演技なんだろう。凄いな、ロンは。今度ちゃんとお礼を言わなくちゃいけないな。











「でも……、ねえ、なんで……、私なの?」

「聞きたいの?」

「うん……」

「これ言うと嘘くさくなるから、嫌なんだけど……」


抱き締めた腕の中、照れくさそうな瞳で甘えるように見上げられるとそれだけで僕は弱い。



「お願い、教えて欲しいよ」





冗談口調に、ふと紛れ込ませた真剣さに僕は気付いてしまったから……






「君がハーマイオニーだから……」

「え?」

「君が世界でたった独りのハーマイオニーだから……」

「……」

「別に君がマグル出身であるからその血筋に同情した訳でもなく、成績優秀で誰からも慕われる素晴らしい監督生だからでもない……」

「……」

「君はただ、ひたむきな人だから……。何事にも、とてもひたむきで頑張る姿がただ眩しかった。
ごめん、本当はね、理由なんかよく判らないや……。
気が付いたら、好きだったんだ。君が一番好きだったんだ」

「……」

「でも飛行術が苦手なのが、玉にキズかな」

「……ごめんなさい」


しゅんと、項垂れる彼女。
それを見てたら、悪戯心が湧いた。




「嘘だよ。キズじゃないよ。空を飛ぶのを怖がっていたりするところも可愛いし」

「え?」

「でもさあ、なんで、そんなに自信なさそうなの?」

「だって……、私なんて別に可愛くないし性格は良くないし……、マグル出身だし……」


何それ、そんなの気にしてたの?


「ぷっ」

「何よ、笑うことないじゃない!!」


ハーマイオニー、それだよ、それそれ。


「そうだね、僕はいつもちょっと偉そうにしている女の子で、顔とか性格とかに自信を持てなくて、マグル出身ってことを実は気にしているそんな女の子が大好きだよ」



それを聞いて、やっと笑った彼女。

……笑顔が一番好きだなんて言えるわけないな、こりゃ。



「ハリー!」


怒ったように手を振り上げるハーマイオニー。
その手を掴んでソファに押し倒す。

眼鏡を通して、近いところで見つめ合ってしまった瞳が同時にドキリとする。

慌てて視線を逸らしてしまった僕。



「もしかして身体が目当てかしら?」



上目遣いに意地悪く問い掛ける君。

僕は正直に本心を語った。





「……身体も心も、君の全てが目当てですよ、僕のお姫様」





そう言って、眼鏡を外す頃には、首にしっかり彼女の手が巻き付いていて。

僕は幸せな気持ちで遠慮無く、彼女を抱き締めたのだった………



(完結編へつづく)








 by レイン坊